写真提供:ロシア新聞
「お話を伺いました」
プーチン大統領特有の言い回しのひとつが、「あなたのお話を伺いました(Ya vas uslyshal)」である。ハリウッド映画「アバター」に登場する青いパンドラ星人の「あなたが見える(I see you)」と同様、これはクレムリン関係者の象徴的な表現になった。クレムリン用語で「お話を伺います(Ya tebya slyshu)」とは、あなたの言っていることを今回覚えておき、運がすごく良ければ、その提案または要望が聞き入れられますよ、という意味である。この要望の聞き入れとは、かなり随意的である。
最近はこの表現を多くの人が使うようになった。最初に大物ビジネスマンや中堅の役人が使いだし、その後ネットで広まった。だが使っている人の多くは、この真意を理解していない。
対話相手の呼びかけ
プーチン大統領はある会合で、有名なミュージシャンであるユーリ・シェフチュク氏の名前を”ド忘れ”した。他の会合参加者全員の名前は覚えていたのに、である。
これに特に注目したのが、経済分析研究所のアンドレイ・イラリオノフ所長だ。プーチン大統領の元経済顧問で、呼びかけの意味をよく知っているため。クレムリンは伝 統にしたがって、対話相手を名前と父称で呼ぶ、ロシアに残る数少ない組織のひとつ。親しい間柄で使われる「君(Ty)」で会話している相手であっても、このように呼びかける。
名前と父称で呼ぶのは、相手に対する尊敬の念である。政府高官同士の普段の会話でも、VV(Vladimir Vladimirovich Putin)、DA(Dmitrii Anatol'evich Medvedev)といった具合に、名前と父称のイニシャルによる略名が最低限使用される。名前だけで呼びあうこともあるが、それは関係が特に近しい場合であることが多い。
「君(Ty)」で会話し、名前だけで読んでいる相手が、クレムリンで高いポストに就任すると、途端に父称付きで呼ばれるようになるのもおもしろい。
隠れた深い意味
公の場でクレムリン関係者からどのように呼びかけられるか。それにはさまざまな解釈が可能だが、何らかの意味が隠されていることは確かだ。例えばプーチン大統領は昨秋、反政権派のウラジーミル・ルィシュコフ氏をヴォロージャ、クセニア・ソプチャク氏をクシューシャという愛称で呼んだ。これは大統領が彼らのことを、裏の裏まで知っているよ、ということである。通常、愛称での呼びかけは、大統領との友情関係を示すものだ。
いかなる呼びかけであっても、クレムリンから名前を呼んでもらえるだけ光栄である。これは集団の中の誰かではなく、個人として認識されていることの証であるため。例えば反政権派のアレクセイ・ナバリヌイ氏の名前は、プーチン大統領だけでなく、クレムリン関係者の口から一切でてこない。注目に値する人物で はない、ということである。一方で、プーチン大統領が政治犯ではないとしている、大手石油会社「ユコス」の元社長ミハイル・ホドルコフスキー氏は、姓や名前と父称で呼ばれている。
このように、呼びかけに深い意味があるからこそ、著名人、役人、大企業の幹部は、名前を”ド忘れ”されると、ゾッとするのである。
秘密の対話相手
不可解な多弁で目立っていた、ある大物政治家が、自身のポスト退任後に、秘密をこう明かした。「クレムリンに入った時、ある賢い人物からこう助言を受けたんだ。『聴衆の誰もが意味を理解できないようにしながら、訴えの必要な、具体的な一人の相手にだけ語りかけろ』と」
この時、視線やイントネーションで意味をほのめかしたり、具体的な対話相手をさしたりもしない。秘密の対話相手は、表情を一切変えることなく、話を聞き、結論を出すのである。
プーチン大統領への接し方
プーチン大統領との面会の際、沈黙したり、意見を述べるためにしばらく間を置いたりすると、90%の確率でいかなる成果も得られない。役人が大統領の質問に対してこれをやったら、そのキャリアは悲惨になる。大統領は自分と同じレベルの対話に対する準備や知識を、対話相手に求めているため。
また、本題に入るまでの前置きが長いと、大統領をいらだたせる。大統領は素っ気ない態度をとるか、「何を言おうとしていたのですか?」または「問題は何ですか?」と聞き、本題に移そうとする。いらだたせると、本題への対応にも影響を及ぼす。本題への関心を失うか、対話相手と同じように本題を受け入れる気 持ちを失う。
長い前置きよりも、自分の話が遮られた時に特にいらだつ。大統領は通常、相手の話が終わるまで待っている(質問がある時を除く)ので、相手にもそれを求める。
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