ネルソン・マンデラとソ連

世界で最も偉大な政治家であるネルソン・マンデラが5日夜、ヨハネスブルクの自宅で死去した=ロイター通信撮影

世界で最も偉大な政治家であるネルソン・マンデラが5日夜、ヨハネスブルクの自宅で死去した=ロイター通信撮影

世界が偉大な政治家の死を悼むなか、アパルトヘイト政権との戦いで大きな役割を担ったソ連及びロシアとマンデラとの長年にわたる関係を振り返る。

 ネルソン・マンデラが95歳になった今年7月、ウラジーミル・プーチン大統領は、偉大なる指導者に、最も熱烈な賛辞を呈した。「あなたの名前は、新しい民主的な南アフリカ共和国をつくったアフリカ近代史の画期的な時代と不可分だ」

 ロシア大統領はこう称賛した上、ロシアと南アフリカの関係を発展させたマンデラの貢献をたたえた。マンデラはソ連に深い敬意を表していたが、ソ連の役割に言及せずに南アフリカのアパルトヘイトとの戦いを語る事はできない。

 1999年4月30日、マンデラがモスクワを公式訪問した時、彼はロシア科学アカデミーから名誉博士号を二つ授与された。これは、30年以上に渡る良好な関係を祝っての事だった。マンデラは授与式でこう語った。「我々の国の様々な肌の色や育ちの知識人は、多様な社会の複雑な経験と願望を、一つの実現可能な円満な社会の未来像に変えた。この名誉は彼らへの賞賛として受け止めたい」

 公式訪問の際、マンデラは「南アフリカのアパルトヘイトとの戦い、そして自由の為の戦いに共感したロシアの人々」への感謝の意を表した。ソ連は反植民地主義と人種隔離主 義の最前線にいた。人種的隔離がアメリカの大部分で当たり前であった時代、モスクワは人種と国家の平等を訴え続けてきた。1980年代にレーガン政権によって、アメリカのテロ組織リストに載せられたアフリカ民族会議(ANC)の最大の後援者は、ソ連であったということは広く知られている。

 

ソ連のアフリカ民族会議(ANC)への支援 

 1960〜90年代初頭まで、ソ連の軍関係者は人種差別政権と戦うANCの武装組織であるMKのメンバーを数千人訓練してきた。「ソ連はANCの最も強力 な後援者であり、軍事機材の提供のみならず、2000人に及ぶMKのトレーニングも行なった」。オンライン南アフリカ史のサイトにはこう記載されている。

 「肌の色や育ち、信仰の違いを理由に他人を憎むよう生まれつく人などいない。人は憎むことを学ぶのだ。もし憎むことを学べるなら、愛することも学べる。愛は憎しみより自然に人間の心に届くはずだ」

 ネルソン・マンデラ自叙伝『自由への長い道』より

 「ソ連は、非常な圧力をかけられたMKの維持を手助けし、特に1970年代の低迷時期を支えた。1976年の『ソウェト蜂起』後、多くの補充兵がMKに加わった。その後、ソ連で訓練したMKのメンバーは破壊的な攻撃を仕掛け、アパルトヘイト政権の指導者達を話し合いの席に着かせる為に圧力をかけた」

 

我々が共産主義者を利用していたとも言えるだろう」 

 マンデラを批判する人は、彼を共産主義者と呼び、南アフリカの国家政策による人種差別の廃止を意図するロシアの役割を軽視する。しかし、マンデラは非常に実践的だった。自叙伝『自由までの長い道』でマンデラはユーモアを交えて、こう書いた。「我々が共産主義者に利用されていたと言う人は必ずいるだろう。し かし、我々が彼らを利用していたとも言えるだろう」

 マンデラは、南アフリカを人種差別政権から解放する為に大きな役割を果たしたソ連に親近感を持ち続け、東欧圏が崩壊した後も、ロシアに愛着を持っていた。 彼が27年間の投獄後釈放された1990年、ソ連はマンデラにレーニン国際平和賞を授与した。

 その後間もなくソ連は崩壊し、マンデラはこの賞を授与された 最後の人となったが、崩壊後も彼はその事を忘れる事はなかった。ロシアへの最初で最後の公式訪問後、マンデラは側近にあの時のメダルはどうなったのかと尋 ねた。2002年、ロシアの駐南アフリカ大使、アンドレイ・クシャコフは、その金メダルを、送ればせながら、授与した。

 「私が受賞者として選ばれた事は、人間の結束を象徴している。その時以来、世の中は大いに変わったが、人間の結束の必要性は変わらぬままだ」。こうマンデラは語った。

 1999年の公式訪問は、ロシアと南アフリカ間の更なる協力への道筋をつけた。訪問の際、マンデラとボリス・エリツィン大統領(当時)は、二国間の政治的繋がりを強化し、 金やダイヤモンド生産の分野での経済協力を約束する宣言書に署名した。以来、両国は双務的で多角的な協力を強め、モスクワは南アフリカがBRIC(ブラジ ル、ロシア、インド、中国)に加わり、BRICSの一員になるのを強力に推進した。BRICSの五カ国の関係強化と結束は、世界で最も偉大な政治家であるネルソン・マンデラを喜ばせたに違いない。