凍結したネヴァ川を運行する路面電車

 2世紀にわたりロシアの首都だったサンクトペテルブルクは単なる都市ではない。それは伝説的な、美しさではパリにも劣らぬ不思議の都市なのだ。

 2世紀にわたりロシアの首都だったサンクトペテルブルクは単なる都市ではない。それは伝説的な、美しさではパリにも劣らぬ不思議の都市なのだ。

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 ガイドブックでは総じて、サンクトペテルブルクを散策するのに最適な時期は、白夜が見られる5月下旬から7月上旬だと書かれているが、ここでは100年前の冬のサンクトペテルブルクを見学する旅をご案内しよう。帝政時代のロシア人はどうやって冬を過ごしたのか。
 サンクトペテルブルクが最も誇りとしているのは、200年以上前の数々の建造物が、当時と同じように今日まで現存しているということだ。ブロンズの馬上像はどんな天気でも見事だ。
 これはピョートル大帝の命により沼地に築かれた都市であるため、冬の気温は極寒というほどではないが、湿度が高く風が強いため、体感温度は身に染みる寒さだ。
 サンクトペテルブルクは、500万人以上の人口を誇る一大拠点であり、沼地の上に築かれた見事な建造物の都市、そしてロシアの「ヨーロッパへの窓」としての機能を果たす最大の港を備えている。サンクトペテルブルクはロシアの観光首都とも呼ばれている。
 100年前のサンクトペテルブルクでは、通りは雪に覆われていた。雪の吹きだまりが道端に盛り上げられ、人々が小型のソリや馬が引くソリに乗った。
 これらの「氷面」電車は、この川を渡る乗客を運んだ。
 その流域には4つの都市があり、その全長が航行可能である。
 冬には、馬よりも北部の気候に慣れているシカが引くソリが利用された。
 冷蔵庫が発明される前は、男たちが凍りついた川の半ばまでソリに乗っていき、大きな氷塊を切り出して市内へと運んでいた。
 100年前の冬、凍結したネヴァ川の表面に3本 (後には4本) の市電線路が敷設された。
 ネヴァ川は巨大で、全長は74キロもある。