有名人10人の肖像画: ロシア美術を見直すべき10の理由

 フョードル・シャリアピンの肖像画、1921年。有名なオペラ歌手フョードル・シャリアピンのこの肖像画は、まぎれもない傑作である。画家のボリス・クストーディエフは、この歌手は偉大な人物で、魅力的な個性の持ち主だと感じ取ったが、この絵にはそれが表現されている。

 フョードル・シャリアピンの肖像画、1921年。有名なオペラ歌手フョードル・シャリアピンのこの肖像画は、まぎれもない傑作である。画家のボリス・クストーディエフは、この歌手は偉大な人物で、魅力的な個性の持ち主だと感じ取ったが、この絵にはそれが表現されている。

ボリス・クストーディエフ
 ロマノフ王朝のニコライ2世、フョードル・シャリアピン、レフ・トルストイなど、有名な画家によって描かれた人物たち
 アレクサンドル・プーシキンの肖像画、1827年。肖像画家のキプレンスキーと詩人のプーシキンという19世紀の偉大なロシア文化の巨匠2人が、この絵を通して「面会する」。この詩人の肩にかけられた外套は、著名な英国人詩人バイロン卿に対する尊敬の念を反映している。
 作曲家モデスト・ムソルグスキーの肖像画、1881年。この肖像画は、この偉大なロシア人作曲家モデスト・ムソルグスキーが亡くなる数日前に描かれた。闘病による苦痛の様子がこの作曲家の表情と、画家レーピンに向けられたまなざしから見て取ることができる
 イヴァン雷帝と息子のイヴァン (1581年11月16日)、1885年。よくあることだが、この歴史的事件は単に「イヴァン雷帝による息子の殺害」と呼ばれている。この悲劇的な事件を描写したこの作品は、皇帝アレクサンドル3世により公開することが禁止された。トレチャコフはカンバスを別の個室に配置し、選ばれた客のみにこれを見せた。
 コンスタンティン・コローヴィンの肖像、1891年。コローヴィンという名前は、フランスで始まり、19世紀後半にヨーロッパの美術界に幅広く普及した印象主義のロシア版と関連づけられている。
 ニコライ2世の肖像、1900年。セローフが19世紀後半に手がけた正装の肖像画では、ありふれたポーズや生命力に欠けた英雄を装った姿勢は用いられなかった。カンバス上に描かれた彼のモデルは、儀式的に描写されることはなく、それぞれの人格がありのままに描かれた。彼の手によるニコライ・ロマノフの肖像画は、最後のロシア皇帝の肖像画の中で最も優れた作品の一つである。
 裸足のレフ・トルストイ、1901年。ロシア史上最も偉大なロシア人作家だと主張する人もいるほどのレフ・トルストイは、画家のイリヤ・レーピンとの交際があった。この画家はよくトルストイの住居であるヤースナヤ・ポリャーナに滞在し、ギャラリー中に展示できるほどの数におよぶトルストイの肖像画を残した。1901年に描かれたこの作品では、トルストイが裸足で森の中に立っている。そこに描かれたトルストイの姿には、彼が禁欲的で質素な生活を送り、民衆と共に生活することを目指していた時期の彼の精神的彷徨が反映されている。
 ピョートル・カピッツァとニコライ・セミョーノフの肖像画。1921年に、ボリス・クストーディエフは2人の若い男性、ニコライ・セミョーノフとピョートル・カピッツァを描いたが、2人はその料金を支払えなかったので、クストーディエフに1羽の雄鶏と小麦粉2袋で払った。それから何年も後に、彼らは1956年度ノーベル化学賞を受賞した。
 レーニンの肖像画、1934年。ペトロフ=ヴォドキンは傑出した画家、卓越した素描家、独創的な理論家、天性の教師、才能豊かな作家で、著名な有名人だった。彼は多才で他に類をみないアーティスト、時代の寵児で、ロシア革命の指導者ウラジミール・レーニンなど、さまざまな対象に関心を示した。
 フセヴォロド・メイエルホリドの肖像画、1938年。この画家の著名な傑作のひとつであるロシア人のソ連舞台演出家、役者で舞台監督のフセヴォロド・メイエルホリドの肖像画はマティースに対する絵画によるオマージュで、禁欲主義と人間の孤独の象徴である。この作品は1938年に、有名ながらも戯曲の一つをスターリンが気にくわなかったために既に面目をつぶされていた舞台演出家の自宅で描かれた。この肖像画が描かれた少し後、メイエルホリドは逮捕され、銃殺刑に処された。