エヴゲニー・ハルデイの戦争写真

 エヴゲニー・ハルデイはそれほど有名ではないが、第二次世界大戦の最前線の写真家の一人である。/歓喜するブルガリア、ゲリラ戦士コチャ・カラエフ、1944年

 エヴゲニー・ハルデイはそれほど有名ではないが、第二次世界大戦の最前線の写真家の一人である。/歓喜するブルガリア、ゲリラ戦士コチャ・カラエフ、1944年

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 エヴゲニー・ハルデイはそれほど有名ではないが、第二次世界大戦の最前線の写真家の一人である。
 ひかえめで落ち着いた、背の低いがっちりとした年金生活者のハルデイは、モスクワの北西郊外にある小さなワンベッドルームのアパートで、上品に貧しく暮らしていた。/無題(砲術練習生)、セヴァストポリ、1944年
 ナチスを東ヨーロッパ経由でベルリンまで追い返す赤軍の作戦が象徴的な写真となっているハルデイだが、世界における名声と同様、その人物像も知られていなかった。/交通整理係、アンナ・ヴァチャノワ、ドイツ・キュストリン、1945年
 戦争。いいことなんてあるのか。ベルリン、1945年5月
 ハルデイの写真は、戦後のニュルンベルク裁判の被告席にいるナチス幹部の忘れられない一枚を含め、第二次世界大戦の優れた写真として評価されている。/ヘルマン・ヴィルヘルム・ゲーリングが弁護士と接見ニュルンベルク、1945年
 ハルデイは写真の著作権を却下され、無断で公開されることが多かったため、アメリカの写真家マーガレット・バーク・ホワイトや、ニュルンベルク裁判でハルデイにスピードグラフィックカメラを贈ったロバート・キャパなどの、同時代の写真家ほどの名声を得ることはなかった。/ブダペスト、1945年
 今日、ハルデイの写真のオリジナルコピーは数千ドルする。/ベルリン、1945年5月
 2014年11月、ライヒ議会の有名な写真を撮影した「1937年ライカIII」カメラは、香港のボナムズで、22万ドル(約2350万円)以上で落札された。/ムルマンスクに向かう、亜北極、1941年
 ハルデイはソ連およびヨーロッパ各地を回り、さまざまな都市、地域で戦争をカメラに収めた。/「北極航空」プロジェクトから、亜北極、1941年
 ハルデイの活動への関心が高まったのは晩年である。1995年、フランスの権威ある賞「ペルピニャン国際フォトジャーナリズムフェスティバル」で、芸術文化勲位爵を授与された。/ブランデンブルク門の勝利旗、ベルリン、1945年。
 フランスのテレビ局もハルデイの生活と仕事についてのドキュメンタリー番組を放送した。/ライヒ議会の壁面の署名、ベルリン、1945年。
 自宅の暗室で、戦争時代の古い機器を使用しながらフィルムの現像処理をし、最期まで作業を続けた。/戦勝パレードにて、ゲオルギー・ジューコフが軍隊を閲兵、モスクワ、1945年もっと読む:独ソ戦の戦場カメラマンに聞く>>>