女官の目から見た皇帝一家

 以下の写真は、華麗さや儀式とは無縁のロマノフ家の家庭生活を示している。/ ニコライ2世と子供たち。庭園で撮影した家族写真。

 以下の写真は、華麗さや儀式とは無縁のロマノフ家の家庭生活を示している。/ ニコライ2世と子供たち。庭園で撮影した家族写真。

アーカイブ写真
華麗さや儀式抜きの家庭生活
 ニコライ2世の治世は1894年11月1日から、強制的に退位させられた1917年3月2日までだった。/ ロシア皇帝ニコライ2世。
 ロシア最後の皇帝とその一家のきわめて稀で私的な写真が残されている。これらは皇后の女官だったアンナ・ ヴィルボヴァが撮影したものだ。/ アナスタシア大公妃とマリア大公妃。
 アンナ・ ヴィルボヴァ (右) はアレクサンドラ・フョードロヴナ・ロマノフの女官であるとともに、親友、回顧録の著者でもあった。/ 一家の友人で、この写真の撮影者のアンナ・ ヴィルボヴァ。
 アンナ・ヴィルボヴァは、長年ロマノフ家の写真家も務めた。彼女のカメラは、この王家の祝典と日常生活の両方をとらえた。/ アレクセイ皇太子とニコライ2世、アレクサンドロフスキー宮殿のバルコニーで。
 4人の娘と1人の息子の子息たちは、共に皇帝家の宮殿で育てられ、教育を受けた。/ 娘たちに囲まれた皇后。
 1904年1月、アンナ・ヴィルボヴァは、舞踏会やアレクサンドラ・フョードロヴナ皇后の外出を取り仕切ることを職務とする女官に任命された。皇后の親友になった彼女は、皇帝一家と多くの時間を過ごすようになった。/ アレクサンドラ・フョードロヴナ皇后。
 ニコライ2世と一家は、ほとんどの時間をアレクサンドロフスキー宮殿 (ツァールスコエ・セロー) またはペテルゴフで過ごした。夏にはクリミアの別荘リヴァディア宮殿で休暇を過ごした。ツァーリは毎年、ヨットのスタンダード号でもくつろぎ、毎回2週間かけてフィンランド湾とバルト海を航海した。/ アレクセイ皇太子。
 いくつもの写真のアルバムが現存しており、王家の生活の様子を物語っている。/ 皇后とタティアナ大公妃、オリガ大公妃、アレクセイ皇太子。
 ニコライ2世の統治は、ロシアの経済的発展と、同時に拡大しつつあった社会政治的矛盾によって特徴づけることができ、それに帰因する革命運動は、1905~1907年の革命と、1917年の革命の火種となった。また、それにより日露戦争が勃発し、第一次世界大戦にロシアが参戦することにもなった。 / ロシア皇帝ニコライ2世。
 皇帝の唯一の息子は遺伝性の血友病を患っていた。これは身体がなかなか血液を凝固させることができない病気で、ちょっとした擦り傷でも一大事に発展したのはそのためである。/ アレクセイ皇太子と看護師のアレクサンドラ・テグレヴァ。
 オリガが一家の子息の年長だった。「オリガ・ニコラエヴナは明らかに賢明で才能があったが、ときに怠け者だったので、勉強は真面目にとらえなかった。彼女は強い意志力の持ち主だったが、まったくもって正直で率直だった。そのような意味では、彼女は母親似だった」。アンナ・ヴィルボアはこう記している。/ タティアナ大公妃とオリガ大公妃。