AK-47で有名なイジュマシュ工場の沿革

イジュマシュ工場、10日に208周年を向かえる
「イジュマシュ」(イジェフスク機械製作工場)は、ロシア最大手の軍事用の自動小銃、狙撃銃、誘導砲弾、また民生用の散弾銃、スポーツライフル、工作機械、工具などの幅広い製品のメーカー。
モスクワの東北東約1000キロに位置する、鉄砲工で有名なイジェフスク市に1807年に設立された。
この機械建造工場は、小型武器の新世代を丸ごと生み出すこととなる、自動小銃「AK-47」の量産を開始した最初の工場だった。
大祖国戦争(独ソ戦)が勃発すると、若き戦車の車長ミハイル・カラシニコフは、前線に送られた。そこで大ケガを負う。療養中、ロシア兵に切望されていた短機関銃をつくろうと考える。
カラシニコフはいかなる工学的な研修の経験もなしに、考案、設計、試験、専門家との議論を始める。そしてついに兵器設計局に就職。専門家から学び始める。
カラシニコフは最初から、自分の設計の原則を明確に定めていた。そのライフルは、シンプルかつ信頼性の高いものであるべきと。だが、なかなか成功できないものだとわかる。数々の試作品の失敗を経て、カラシニコフのデザインは1947年になってようやく、国防調達庁主催の大会で受け入れられる。
ソ連の大手の小型武器製造会社との競争にもかかわらず、カラシニコフの試作品は第二ラウンドを通過し、最終試験まで到達する。
1949年、カラシニコフの自動小銃は軍の標準武器として採用され、カラシニコフは栄えあるスターリン賞を受賞。その後60年、受賞歴のあるデザインに磨きをかけつづけた。
カラシニコフは2013年にその生涯を閉じるまで、AK自動小銃の改良版が、少なくとも25年間、新しく強力なカートリッジが登場するまで、他を圧倒し続けると確信していた。銃器メーカーは総じて、より精度が高く、現代のボディアーマーや軽量障害物を貫通できる武器を設計し続ける。
イジュマシュ社の製品はアメリカ、イギリス、ドイツ、ノルウェー、イタリア、カナダ、カザフスタン、タイなど27ヶ国に納品されている。2013年8月、イジュマシュとイジェフスク機械工場が合併し、社名は正式に「カラシニコフ・コンツェルン」に変更された。