ダンサーが白鳥や奴隷に変身:ボリショイ劇場の衣装係

装飾と衣装が同じアーティストによって制作されることはよくあると、ボリショイ劇場の芸術衣装部門副部長のダニエル・アルドシン氏は説明する。「担当者が2人いる場合は、プロダクションの準備段階で2人が話し合い、舞台上で装飾と衣装が調和するようにする。ボリショイ劇場は、プロダクションの制作プロセス全体に注力することを常に目指してきた。

装飾と衣装が同じアーティストによって制作されることはよくあると、ボリショイ劇場の芸術衣装部門副部長のダニエル・アルドシン氏は説明する。「担当者が2人いる場合は、プロダクションの準備段階で2人が話し合い、舞台上で装飾と衣装が調和するようにする。ボリショイ劇場は、プロダクションの制作プロセス全体に注力することを常に目指してきた。

Stephanie Berger
ボリショイ劇場のバレエ『白鳥の湖』と『スパルタクス』の衣装と装飾を制作したのはシモン・ヴィルサラーゼだった。舞台用の衣装を製作していた彼は、モデルの衣装を出演者に着させて劇場の平土間からそれらをチェックした。ヴィルサラーゼの衣装が、近くで見るのと遠くから眺めるのでは見え方がだいぶ違うのはそのためである。
今日のほどんどの劇場では、衣装は既成のアクセサリーで装飾されている。スケッチが承認されると、衣装アーティスト、そのアシスタントと劇場の芸術専門担当者は手間のかかる作業に着手する。衣装作りに用いられる技術が決定され、さまざまな色の生地が製作されるのはこの第一段階でのことだ。
衣装に使われる生地の選択にはたいへんな注意が払われる。例えばバレエの場合、必ずダンサーが動きやすい軽量の生地が選ばれる。第二段階が衣装の制作となる。衣装の制作中に、モデル(サンプル)を作って線をつけたり、大きさを決めたり、動きやすさをチェックしたりすることがきわめて頻繁にある。
それぞれのダンサーには舞台用の衣装、特定の体型に合わせて誂えられた衣装があり、特にソロイストの場合がそうだ。特に主役ダンサーの場合、試着の際にダンサーが衣装に対する要望を伝え、アーティストがそれに沿って制作することがたまにある。
次の段階はステージでの衣装の試用だ。衣装はゲネプロが行われる前の通常のリハーサルで試着され、仕上げの調整がなされる。初演を経た衣装には命が吹き込まれ、特別に扱われるようになる。衣装は特定のメンテナンスと保管を要するようになる。それは乾燥して換気されており、明るい光もなく、ひんやりした環境で、湿度もない場所だ。
衣装の寿命はさまざまで、その長さは多くの要因によって左右される。場合によっては、アーティストが繊細な生地を選んだ場合、毎回の公演後に手直ししたり繕ったりしなければならないこともある。平均して、衣装は20回の公演に耐えることができる。ボリショイ劇場には衣装、靴やかぶり物を制作したり、生地を染めたり、柄を描いたり刺繍するためのワークショップだけでなく、ドライクリーニング、アイロンかけ、洗濯や、衣装の修繕を専門とするワークショップもある。
衣装は舞台に登場する15~30分前に着用される。そのタイミングは出演者の数によって異なる。例えば、40人の着付けが必要な場合はより時間を要する。着付け後に乱れることがないように、バレリーナのドレスの最終仕上げは、彼女が舞台に上がる直前に行われる。その場合衣装を脱がせなくてはならないため、言うまでもなく、ダンサーの舞台準備がより複雑になる。
プロットにより多くが求められる場合や、ダンサーが複数の役を演じなければならない場合は、上演中にダンサーが短時間で衣装替えをしなければならないことがよくある。ダンサーが衣装替えをして再び舞台上に戻るまでの時間が40秒しかないこともある。髪型、かぶり物やメーキャップも変えなければならないのだ。バレエ『白鳥の湖』と『スパルタクス』にはたくさんの衣装替えがある。ダンサーたちは全員がそのことを心得ており、音楽が合図となる。
「ボリショイがツアーに出る際は、衣装のメンテナンスや修繕(器具から人員に至るまで)を主催側の劇場スタッフに頼らざるを得ないことがよくある。現地に到着してみると男性と女性の衣装が変更されていたということもある。クラスプを取替える必要があるとか、衣装を再調整して誂え直す必要がある、といった内容だ。ボリショイがツアーに出る前に代表者が派遣され、舞台、楽屋などを視察して、装飾が入るかなどをチェックする。」
それぞれの上演では200点以上の衣装が使用される。そのすべてが取り出され、ハンガーに掛けられ、順番に並べられなければならない。それはかぶり物でも同様だ。それぞれの衣装にはそれに合わせたかぶり物が設定されている。上演やツアー毎に、衣装やメーキャップアーティストはプロダクション、音楽やダンサーを徹底的に把握していなければならない。それぞれの出演者の衣装が完璧に準備されていなければならない。ツアー中、チームは一層団結する。
バレエアカデミーでは、ダンサーたちにメーキャップの方法が教えられる。もちろん、より複雑なメーキャップや髪型はプロが行う。例えば付け鼻をする時などだ。上演開始時間が午後8時だとすると、メーキャップアーティストはソロイストの化粧を夕方5時までには始める。6時になると女性のコール・ド・バレエの順番だ。開演の1時間半前には男性ソロイストの、そして1時間前になると男性のコール・ド・バレエのメーキャップを行う。
観客はそのようなことまで考えないので、上演中に舞台裏でどれだけたくさんのことがなされているのかは知るべくもない。舞台裏を覗いたことで、おとぎ話のような幻覚が消滅してしまったことを私は悔いるだろうか?事情を知り、プロダクションを内部から見た私にとって、公演を観客席からではなく舞台裏から見るのは興味深いことだ。だがそれを理解するには、このプロセスと雰囲気に熱意を感じる必要がある。
「ツアー中の衣装の手入れに関しては、地元のチームとどのように協働すればいいだろうか?当初はお互いについて知り合うことが必須だ。言語を理解したりお互いの作業のしかたを理解するということだ。しかし、共にプロであるため連携がすぐにでき、ツアーの終了時までには地元のスタッフも片言のロシア語やスラングを話せるようになるものだ」
「アメリカ人は”チュチ・チュチ(ちょっと)”という表現を学んだ。例えば、衣装にそんなにしっかりアイロンをかける必要はない、チュチ・チュチでいいんだ、という風に。ツアーが終わることになると、チームが同じ言語を話し始め、誰もがお互いをよく理解できるようになる。ユーモアがあると緊迫感を和らげるのに助かる」
「アメリカ人の同僚と政治について話をするかって?いや、そういう話題の話はしない。作業が多くてそれどころではないからかもしれないし、それが敏感なトピックだからかも知れない。私たちはお互い似たもの同士だ。悪いコメントは一言も耳にしたことがない。信用、ジョークとプロの意識だけだ。芸術は誰もを統一させるのだ」