旅の風景:セリゲル湖畔のオスタシコフ

トヴェリ州(モスクワから北西373 km)のセリゲル湖のほとりにあるオスタシコフ町は14世紀に創設された。モスクワからオスタシコフへ行くには、レニングラード鉄道駅から電車に乗るか、トゥシンスカヤ地下鉄駅からバスに乗るか、車でレニングラツコエ高速道路もしくはノヴォリーシスコエ高速道路を走る。

トヴェリ州(モスクワから北西373 km)のセリゲル湖のほとりにあるオスタシコフ町は14世紀に創設された。モスクワからオスタシコフへ行くには、レニングラード鉄道駅から電車に乗るか、トゥシンスカヤ地下鉄駅からバスに乗るか、車でレニングラツコエ高速道路もしくはノヴォリーシスコエ高速道路を走る。

Nikolay Korolyoff
トヴェリ州のセリゲル湖のほとりにあるオスタシコフ町は14世紀に創設された。
町は優れた都市計画を誇る。18世紀、ロシアの地方都市を作る際、モデルとなったのはオスタシコフ町だった。
19世紀後半から20世紀前半にかけて建てられた多くの建物は、現在も残っている。
ズナメンスキー修道院は1673年に、セリゲル湖のほとりにある、人気のないスタロエ・ストゥルゴヴィシシェという所に建てられた。現在、ここはオスタシコフ町のラボーチィ・ゴロドク地区(ロシア語で「労働者の町」を意味する)の一部である。
修道院には古いイコンや、18世紀後半にオーク材から作られた隠修士(訳注:孤独生活を送る修道士)ニールの木製の像がある。
1528年、ニールという名の隠修士が、オスタシコフから10 km程の所にあるストルブヌィ島に移り住んだ。この島には現在も活動を続けるニーロフ修道院がある。
ソ連時代、修道院は破壊的なダメージを受けた。現在、修道院のほとんどは修復されたが、ソ連の過去の影は今でも見受けられる。
1927年から1960年の間、修道院は少年院として使われていた。
クレストヴォズドヴィジェンスキー(十字架挙栄祭)教会は修道院の近くにある。ここで洗礼の儀式が行なわれていた。
1960年以降は修道院の敷地に老人ホームが出来た。そして1971年から1990年の間、修道院は再び変身し、今度は観光センターとして利用されていた。
1990年にようやく修道院はロシア正教会に返還され、復元が始まった。
町の最大の観光地はセリゲル湖である。アウトドア派の人々が数多く集まり、テントでキャンピングを楽しんだり、釣りをしたり、ボートを楽しむ。
湖岸線にはレクリエーションセンターや観光センターがずらりと並び、ボートやカヌーを借りることができる。