錨上げ!: ロシア造船業の揺籃の地

ロシアの造船の歴史は、アドミラルティ造船所から始まる。 それが設立されたのはピョートル1世の治世(1704年11月15日)のことで、1706年4月29日には早くも1隻目の船が進水した。 これが最初の事業であった。

ロシアの造船の歴史は、アドミラルティ造船所から始まる。 それが設立されたのはピョートル1世の治世(1704年11月15日)のことで、1706年4月29日には早くも1隻目の船が進水した。 これが最初の事業であった。

Slava Stepanov / GELIO
ロシアの造船の歴史は、アドミラルティ造船所から始まる。 それが設立されたのはピョートル1世の治世(1704年11月15日)のことで、1706年4月29日には早くも1隻目の船が進水した。 これが最初の事業であった。
ここでは、世界初の原子力砕氷船「レーニン」号と巡洋艦「アヴローラ」号も製造された。
大祖国戦争とレニングラード包囲戦の期間中、アドミラルティ造船所は潜水艦7隻、カッター22隻、シーハンター44隻、自走式大型平底運搬船116隻、そして200トンの運搬能力を持つ平底船5隻を製造した。 造船所では、260隻を超える船舶が改造・改修された。 男性に代わって女性や子供たちが旋盤を操作し、延縄3,000組、トロールホルダー8,000個、機雷12万個、敷設機雷300個、迫撃砲1,500基、金属製工兵用ショベル3万個, 延縄用浮標900個、炸裂弾や航空機投下弾8万個、そして18,300点におよぶ戦車部品が製造され、そのすべてがキロフ工場に運ばれた。
戦後、この会社は潜水艦、水上艦や各種の非軍事用船舶を製造するようになった。
1959年12月、アドミラルティ造船所は世界初の原子力砕氷船「レーニン」号を製造した。
アドミラルティ造船所は、ユニークな2隻のミサイル観測艦「マーシャル・クリロフ」および「マーシャル・ネデリン」号を製造した。これらは、ミサイル軌道試験を確実にし、新型ロケットや宇宙技術を開発するための科学的および実践的な任務を実施することを目的として設計された。
現在、アドミラルティ造船所はサンクトペテルブルクで最大の工業の一つである。 サンクトペテルブルクの工業セクターにおける全労働者の0.4%を雇用しているこの造船所は、同地域のGDPの1%に相当する生産規模を誇る。
これまでに、同社はさまざまなプロジェクト(41隻の原子力船を含む)で300隻を超える潜水艦を手がけてきたが、そのうち37隻は輸出向けだ。このほかにも70隻の潜水艇および深海探査艇、載貨重量47,400トンのタンカー8隻、「サハリン2」開発プログラム用の砕氷防火曳航船2隻なども製造してきた。 7万トンの載貨重量の耐氷タンカー2隻  — 「ミハイル・ウリヤーノフ」号と「キリル・ラブロフ」号、および侵入深度6,000メートルの独立型深海探査艇「コンスル」号もここで製造された。
この企業はフル稼働している。同造船所は国内および海外の顧客を対象に数々の契約を無事こなしてきた。 現在、潜水艦をロシア海軍向けに6隻、海外の海軍向けに6隻ずつ製造中だ。
同社は現在、南極探検用に建造中の科学調査船「アカデミク・トレシュニコフ」号の係留試験を実施中だ。 同じく製造中の船舶には、深海救助艇「ベスター1」号を載せた救助船「イゴーリ・ベルーソフ」号がある。