"ハサミの手"のレーナさん

レーナ・プチョルキナさんは、ロシア極東のアムール州、ヴェルフネゼイスク村に住む、普通の美容師だ。では彼女の生活の何が特別なのだろうか? 彼女は、この地域では稀なプロの美容師である。毎月数回、人々をより美しくするという唯一の目的を果たすため、彼女はバイカル・アムール鉄道に乗って遠隔の村々に出向く。

レーナ・プチョルキナさんは、ロシア極東のアムール州、ヴェルフネゼイスク村に住む、普通の美容師だ。では彼女の生活の何が特別なのだろうか? 彼女は、この地域では稀なプロの美容師である。毎月数回、人々をより美しくするという唯一の目的を果たすため、彼女はバイカル・アムール鉄道に乗って遠隔の村々に出向く。

Maria Ionova-Gribina
バム鉄道沿線で活躍する“出張美容師”
この村は小さいので、レーナさんの自宅からサロンまでは徒歩で7分しかかからない。レーナさんが借りている小さく質素なサロンは、食料雑貨店とホームセンターが入っている建物の一角にある。
ゼヤ「海」(地元住民はゼヤ貯水湖のことをこう呼ぶ)沿岸の永久凍土地帯に位置するヴェルフネゼイスク村の眺め。この場所はゼヤ貯水湖の南岸に位置し、標高は海抜 291mである。 バイカル・アムール鉄道の本線は、この村を通っている。
レーナさんと彼女の美容サロン。 サロンの全体が、これらの壁の中に収まっている。//1974年3月、ソビエトのブレジネフ政権は、バイカル・アムール鉄道(BAM)の敷設を次期の5カ年計画(1976〜1980年)における2大プロジェクトとして提案した
1974年以来、BAM沿線への移住を希望した若者156,000人のうち、おそらく50,000がこの地域に移り住んだ。 若い女性の髪を切るレーナさん。 この女性は、もう少し流行の髪形を希望し、フェザーエクステンションでより明るい雰囲気にしてもらうよう頼んだ。
客は廊下で順番を待つが、ここは寒い。//1980年代中ごろから、計画不足のため、BAM プロジェクトは多くの批判を浴びるようになった。 労働者が到着するまでに、水道などのインフラや基本的なサービスの整備が済んでいない場合が多かった。
少なくとも60の新興都市が沿線にできたが、現在そのほとんどはゴーストタウンと化しており、この地域の失業率は高い。しかし、人々は既にこの地に拠点を移していたため、生活を適合させるしかなかった。//レーナさんの道具。
レーナさんは必ず自分で自分の散髪をするが、その理由は他に美容師がいないからだけではない。自分の好みの通りにスタイルできる人が他にいないからだ。
自宅で長女の髪を切るレーナさん。//彼女の家族は、娘の(近隣の大きな居住区でネイリストの仕事をしている)ティンダさん、息子(小学生)と夫のイーゴリ・プチョルキンさん(ロシア鉄道に勤務)だ。
彼女の夫は、副職にも精を出している。彼は自前のバーを経営していた。彼は、そのバーは人気の場所だったという。レーナさんはそこでシェフとして働き、ウクライナ風の中華料理を作っていた。彼女は今でも優れた料理人だ。休みの日には、家族を喜ばせるために何か美味しいものをオーブンで焼く。
バー・プチョルキンの中のすべては、彼が自分の手で作ったものだった。それらが「黄金」なら、レーナさんのものは鉄製である。彼女はバーの用心棒の役目までも果たしていた。しかしこのバーは火事で焼失した。おそらくそれは偶然の事件ではなく、競合者の手によるものだった。窓がなくなったバーの焼け跡の建物は、いまだにヴェルフネゼイスク村にある。レーナさんは用心棒の仕事はもうしていないが、強さと柔軟性を備えることは重要だと考えている。ランニング・マシーン上で運動するレーナさん。
友人の散髪をするレーナさん。 「美容師とは、ある意味でカウンセラーのようなものです」とレーナさんのご主人が言う。 子どものころ、レーナさんは鉛筆を手に取りフロイトの勉強をしたが、これは人々との共通の話題を見つけるのに役立っている。