ソロヴェツキー諸島の冬

ロシア北西部、アルハンゲリスク州の白海にあるソロヴェツキー諸島はロシア初のグラグ(矯正労働収容所)として知られているが、現在は毎年数千人もの観光客と敬虔な信者が、数世紀前からある修道院と美しい光景を求めてやってくる。
ロシア北西部、アルハンゲリスク州の白海にあるソロヴェツキー諸島はロシア初のグラグ(矯正労働収容所)として知られているが、現在は毎年数千人もの観光客と敬虔な信者が、数世紀前からある修道院と美しい光景を求めてやってくる。
ソロヴェツキー修道院は北部ロシアを開拓する為の植民地であった。裕福で影響力がある修道院は独自の学校、工場、陸軍と海軍を持ち、自治区の様に独立していた。その図書館は、帝政ロシア有数の貴重なものであった。
しかし、1917年の革命の際、修道院は略奪され、荒らされた。1920年代にソロフキ特別目的収容所(SLON)が設立され、それは、その後ロシア各地にできた強制収容所で最初のものとなった。
北海で北極圏から160キロ程の距離にあるソロヴェツキー諸島には聖俗両方の歴史があふれる。ここにあった強制収容所はフランスのバスティーユ、アメリカのアルカトラズ島やポーランドのアウシュヴィッツに並ぶ過酷なものだった。何十万人もの囚人がソロフキ強制収容所で死を迎えた。
ソ連崩壊後、島には仕事がなかった為、地元の人々は本土へ向かった。しかし、現在では人の流れは逆行している。多くの人にとって、ソロフキはロシアの文化と精神のルネッサンスを経験する場所である。 今日、ユネスコの世界遺産に指定されたソロフキ諸島へは自由に行く事が出来、観光地となっている。
残念ながら、ソロフキの人気が高まるにつれ、人里離れた神聖な場所としての雰囲気が失われつつある。このような流れは誰にも止める事ができず、致し方ない。しかし、島にたどり着くのは今でも容易ではない。
ここに就航している観光船で最も便利なヴィッサリオン・ベリンスキー号は時刻表が分かりにくく、短い夏のシーズン中も便がとても少ない。毎週日曜日、村では祝祭がある。教会の旗を掲げ、歌を歌いながら行進する人々が修道院で長い列を作る。鐘は鳴り、教区民はイコンを持ち、神父達が聖水を人々に撒く。
アンゼル(アンゼルスキー)島は「完全自然保護地区」に指定されている。この指定を受けた場所へは立ち入りが一年中規制されている。しかし冬には唯一、人が住む事の出来るボリショイ(大)ソロヴェツキー島を含む全ての島へのアクセスが制限される。
諸島で人気の高い観光スポットの中に、セキルナヤ山にある灯台教会がある。建物の頂点の十字架のすぐ下には、灯台の明かりとしても機能する巨大なランプがある。ランプ以外は全て修道院の一部であるが、ランプそのものは国防省のもので、観光客は近づけないことになっている。
冬の間、ソロヴェツキー諸島から観光客は消える。船はなく、飛行機も天候が良い時にしか飛ばない。船が再開するのは5月である。
冬に諸島を訪れる人は10人程である。全て順調なら、スノーモービルでセキルナヤ山、「交渉の岩」やムクサルマ島に行ける。諸島の他の島へ行く術は全くない。雪に覆われたソロヴェツキー村を訪れると閉鎖された土産店、雪に埋もれたレンタル自転車の店や鍵がかかったホテルとカフェがある。
夏の間(6月と9月は寒すぎるので7月と8月のみ)、ソロフキの住人の5人に4人が観光に携わっている。一般の人も僧侶も、ひっきりなしに訪れる観光客の相手をする。住人一人に対して観光客人は30人にもなる。冬の間、間接的に観光業界で働く人は一握りだ。
島民の多くにとって、冬は自分の生活に集中する時間である。彼らは冬には自活し、ストーブの修理をし、子供の面倒を見て、ジープのUAZやランドクルーザーをメンテし、スノーモービルでスヴャトエ湖へ行き、マカレフスカヤ砂漠でスキーを楽しみ、ボリショエ・クラスノエ湖で釣りをし、次の夏の繁忙期までの自由時間を満喫する。
毎週日曜日、村では祝祭がある。協会の旗を掲げ、歌を歌いながら行進する人々が修道院で長い列を作る。鐘は鳴り、教区民はイコンを持ち、神父達が聖水を人々に撒く。
全ての島民が行進に参加しているかのように見える。ソロフキでは、信仰心を持ちやすい。島のどこからでも修道院のドームが見え、鐘の音が響き、大都市の世俗的な誘惑からは隔たっている。