月に憑かれたアーティスト

10年以上前、モスクワのアーティスト、レオニード・ティシュコフは、月の形をした照明オブジェを作った。初めてのインスタレー ション・アートは、三日月が木からぶら下がっている絵を描いたベルギーのシュルレアリズム芸術家、ルネ・マグリットに捧げられた。 / 2003年アート・クリャズマ芸術祭

10年以上前、モスクワのアーティスト、レオニード・ティシュコフは、月の形をした照明オブジェを作った。初めてのインスタレー ション・アートは、三日月が木からぶら下がっている絵を描いたベルギーのシュルレアリズム芸術家、ルネ・マグリットに捧げられた。 / 2003年アート・クリャズマ芸術祭

Leonid Tishkov
レオニード・ティシュコフは、プロジェクトを「プライベート・ムーン」と名付け、旅を始めた。 全ては、モスクワの南にあるワークショップの屋根から始まり、パリへと続いた。詩的な写真はこの何年にも渡るアート・パフォーマンスの記録だ。 / パリの屋根の上の「プライベート・ムーン」
「プライベート・ムーン」は、アーティストと共に果てしない旅に出た。ロシア各地、ほとんどのヨーロッパの国々のみならず、天山山脈や太平洋沿岸、 ニュージーランドから北極圏まで、地球の両半球、20カ国以上を旅した。 / ニュージーランド、ランギトト火山近く
彼は漁網で、シベリアのエニセイ川から、光るムーンを引きずり出した事もある。これはクラスノヤルスクの国際現代芸術ビエンナーレで の出来事だった。 レオニード・ティシュコフはこのパフォーマンスに「魚の王様」という題名を付け、そこに住んでいたロシア人作家ヴィクトル・アスタフィエフに捧 げた。 / シベリア、エニセイ川とムーン
アーティストはウラル山脈中部出身で、エカテリンブルグから遠くない工業地帯の小さなニージニエ・セルギで生まれた。それ故 にムーンは、冶金工場の古い塔にも現れた。このイベントは第一回2010年ウラル鉱業現代美術ビエンナーレの一環として行なわれた。 / 古い冷却塔と「プライベート・ムーン」
彼の主な目的は、世界に詩をもたらす事、ムーンの光で地球上最も美しい場所を照らす事、世界中の人々の注目を集めて、物語で人々 を一つにする事である。オーストリアのリンツで彼は、誰でも「プライベート・ムーン」を数日間借りて展示できるようにし、作品に参加できるようにした。 / リンツでの「プライベート・ムーン」
2010年、「プライベート・ムーン」はスウェーデンの北極圏にあるスヴァールバル諸島へ旅した。国際的な科学者チームと共に、ムーンは北極近くへ 行き、セイウチ、アザラシ、ホッキョクグマ、さらにはシロナガスクジラまでもがムーンに感嘆の眼差しを向けた。 / 北極圏スヴァールバル諸島マグダレーヌ・フィヨルドでの「プライベート・ムーン」
アメリカにいる間、「プライベート・ムーン」は、アメリカの偉大な詩人、エドガー・アラン・ポーを訪れた。ボルチモアにあるポーの家お よび博物館はここ数年閉鎖されていたが、ムーンがそこにいる間、奇跡が起きた。家は再び来客を迎え始め、皆が「大鴉」を書いた作家の最後の家を見ることができる。 / 「プライベート・ムーン」とポーの家および博物館、ボルチモア、アメリカ
アメリカは「プライベート・ムーン」を歓待した。ムーンは南北戦争の戦場を訪れ、メリーランド州やヴァージニア州の高 速道路を走り、この写真では旅仲間と共にワシントン記念碑の下で休んでいる。
「プライベート・ムーン」の最も詩的で遠い旅は、去年台湾に行ったことだった。この時の写真は、現在ヴィンザヴォード・モスクワ現代美 術センターのペチェルスキー・ギャラリーで開催されている「プライベート・ムーンのフォルモサへの旅」展で見ることができる。 / 台湾、高雄市
台湾の見事な自然、月を詠う漢詩、そして高雄市の人々の反響を受け、レオニード・ティシュコフはユニークな写真を数々作った。 この写真は、山の橋を破壊したが、人々の辛抱強さを揺るがす事はできなかったモーラコット(平成21年台風第8号)の猛威を物語る。 / 台湾、茂林区
レオニード・ティシュコフは高雄市美術館で「イエロー・ムーン」というインスタレーション・アートを開催した。時が経ち、ムー ンは満月になった。アーティストはオデュッセウスのものに似た古い竹の筏に乗り、月明かりを追っている。 / 美術館の庭園での黄色い満月

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