ヴョーシェンスカヤ村

ヴョーシェンスカヤ(俗称、ヴョーシキ)は、ドン河左岸にあるロストフ州北部のコサック村で、ショーロホフスキー地区およびヴョーシェンスコエ農村の行政中心地および最大の居住地域。

ヴョーシェンスカヤ(俗称、ヴョーシキ)は、ドン河左岸にあるロストフ州北部のコサック村で、ショーロホフスキー地区およびヴョーシェンスコエ農村の行政中心地および最大の居住地域。

Sergei Smirnov
ヴョーシェンスカヤは、ノーベル文学賞を授与されたこの村の住人ミハイル・ショーロホフの長篇小説「静かなドン」のおかげで、世界にその名を馳せた。
コサック村ヴョーシキに関する最初の記述が現れたのは、1672年。革命後の国内戦の際、この村は、ボリシェヴィキ政権に反対するドン河上流域の蜂起の牙城となった。
ヴョーシェンスカヤは、ノーベル文学賞を授与されたこの村の住人ミハイル・ショーロホフの長篇小説「静かなドン」のおかげで、世界にその名を馳せた。
1926年の秋、ミハイル・アレクサンドロヴィチ・ショーロホフは、家族とともにヴョーシェンスカヤ村へ移り住み、そこが、作家の常住の地となった。1928年、ショーロホフは、ソヴェーツカヤ通り(現在のショーロホフ通り103番地)に家と屋敷を買い、ショーロホフ家は、1935年までそこに暮らした。
ここでM.A.ショーロホフは、「静かなドン」の第三部と「開かれた処女地」の第一部を執筆し、論文や見聞記を綴った。
作家の没後の1984年、そこに、M.A.ショーロホフ国立博物館自然保護区が創設された。すべてが白紙の状態から始められたが、発展の戦略が遠い先を見越してひじょうに巧みに練られたことが奏功した。
博物館は、単に文豪のメモリアルとしてばかりでなく、トータルな歴史文化景観コンプレックスとして考案された。そのユニークさは、そこに、ショーロホフの生涯と創作に関連した一切が収められているばかりでなく、ドン河上流域に特徴的なコサックの生活様式の歴史的な片鱗や貴重な自然も保存されているという点にある。
アレクサンドル・ショーロホフ館長は、こう語る。「私たちは、その暮らしぶりを通して作家について語り、来館する方々に、その主人公たちの道を辿りながらステップの空気を吸って勇敢な騎手や農民の役に自分を重ねることでショーロホフを『読み直して』もらう機会を提供しているのです」。
ヴョーシェンスカヤ村はショーロホフの名作の生きたイラストだと、ショーロホフ館長は言う。「ショーロホフの故郷そのものが、作家の作品のイラストであり、今も生きつづけ、新しい物語を生んでいるのです。ここは、いわば野外の長篇小説。私たちは、自分たちの仕事の本質をまさにそう捉えています」。
この四半世紀で、M.A.ショーロホフ博物館自然保護区は、ロシアの注目すべき文化現象となり、さらに欧州全体でも、最も目覚ましい発展を遂げる博物館の一つとなった。
この5年間は、「野外の長篇小説」というコンセプトを実現しつつある。
コサック村ヴョーシェンスカヤでは、1985年から毎年恒例の国際文学フォークロアフェスティバル「ショーロホフの春」が催されている。
この複合施設の面積は4万ヘクタールもあり、普通の博物館では考えられない贅沢といえる。