ソ連のクラシックカー

ソ連製自動車の誕生日と考えられているのは、1924年11月7日。10月革命記念日のこの日、赤の広場でパレードが行われ、モスクワ自動車会社で生産されたトラック10台が走行した。ソ連初の自動車「AMO-F15」は、イタリアのトラック「フィアット15 Ter.」にもとづいて開発された。パレードの直後に行われた自動車レースで、その信頼性を示した。1925年、この自動車の量産開始。

ソ連製自動車の誕生日と考えられているのは、1924年11月7日。10月革命記念日のこの日、赤の広場でパレードが行われ、モスクワ自動車会社で生産されたトラック10台が走行した。ソ連初の自動車「AMO-F15」は、イタリアのトラック「フィアット15 Ter.」にもとづいて開発された。パレードの直後に行われた自動車レースで、その信頼性を示した。1925年、この自動車の量産開始。

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ソ連初の乗用車は1927年に生産された。車名は「NAMI-1」。時速70kmまで加速でき、エンジンは20馬力だった。高い通過性に必要な大きなロード・クリアランスがあったものの、構造にはたくさんの欠陥があった。その後改良されたが、1930年代には生産が終了した。
自動車「GAZ-M-20 ポベダ」は、中型乗用車で、車体はファーストバック。ゴーリキー自動車工場は、ポベダの生産を1946年に開始。「フォード」の技術にもとづいた戦前のモデル「GAZ-A」とは異なり、ポベダは完全なソ連の開発品だった。
「モスクビッチ400」は国民の多くが買えるソ連初の車となった。このモデルが最初にコンベアからおろされたのは1946年で、新しい「モスクビッチ401」に代わる1954年まで生産が続けられた。最初のモスクビッチの原型となったのは、ドイツの量産車「オペル・カデットK-38」。第二次世界大戦中、自動車生産用の技術設備はドイツで完全に分解され、ソ連に移送された。
クラシックカー「GAZ-21 ボルガ」は、1957年に出荷され、ソ連の成功のシンボルとなった。1957年から1970年にかけてGAZ工場で生産された「ボルガ」は、もっとも快適かつステータスの高い自動車と考えられていた。
ソ連は1959年、政府高官用に特別に生産された、伝説の自動車「GAZ-13 チャイカ」を初めて目にした。強力なエンジン、最高時速160km、Xフレーム、7人乗り、さらにオートマチック・トランスミッションという特別仕様だらけの車だった。設計はパッカードを模倣している。
「ザポロジェツ968」はソ連の自動車産業の本物の伝説だ。1960年に販売が始まり、街の自動車となった。コンパクトで燃費が良く、お手頃価格だった「ザポロジェツ」は、大衆が手にできるほぼ唯一のソ連製自動車だった。空気冷却用の飛び出たインテークは、人々が「大耳」と呼んだ。
「モスクビッチ412」は、ソ連でもっとも成功したモデルの一つだ。1967年から2001年まで、最初はモスクワの「モスクビッチ」工場で、次にイジェフスクのイズアフト工場で生産された。量産開始後すぐに輸出が始まった。モスクビッチはベルギーで「スカルディア」ブランドとして組み立てられた。「モスクビッチ412」は30年以上生産された数少ないモデルの一つで、価格の安さ、部品の入手のしやすさ、整備の可能性などで、1990年代でも需要があった。
「VAZ2101」(ヨーロッパでは「LAD-1200」として販売された)は、ヴォルガ自動車工場で初めて生産された自動車だ。人々に「コペイカ」と呼ばれていた。1970年に販売された新セダンは、後輪駆動車で、イタリアの「フィアット124」をほぼ完全にコピーしていた。
「VAZ2121」(ニヴァ)はソ連初のオフロード車。四輪駆動で農村部の道のない場所をしっかりと走行した。サマーラのヴォルガ自動車工場で1977年から生産されている。個別の改良は現在でも行われている。
ソ連のジープ「UAZ-469」は、1972年から1985年までウリヤノフスク自動車工場で生産されていた。力強いランド・ローバーは軍隊や警察が使用した。1985年、自動車は改良され、新しいモデル「UAZ-3151」が販売されるようになった。2003年まで生産は続いた。
「VAZ-2108」は、1984年から2003年まで生産された。「ラーダ・サマーラ」として有名だ。粋な外観と優れた技術特性で、ソ連の人々を魅了した。初めて5速ミッションが装備された。後部座席の真後ろにある荷室で、大きな荷物を運ぶことができた。優れた動力特性により、ソ連の道路をもっとも速く走行できる車になった。