ウラジーミル中央刑務所創設230年

ウラジーミル中央刑務所は今年で創設230周年を迎える。18世紀に受刑者たちをシベリアに送還する際の移送用刑務所(中継監獄)として建造されたウラジーミル中央刑務所は、20世紀になると政治犯の収容所として特化し始め、現在は特に凶悪な重犯罪を犯した囚人を収容している。

ウラジーミル中央刑務所は今年で創設230周年を迎える。18世紀に受刑者たちをシベリアに送還する際の移送用刑務所(中継監獄)として建造されたウラジーミル中央刑務所は、20世紀になると政治犯の収容所として特化し始め、現在は特に凶悪な重犯罪を犯した囚人を収容している。

Arkadiy Kolybalov / Rossiyskaya Gazeta
18世紀に受刑者たちをシベリアに送還する際の移送用刑務所(中継監獄)として建造されたウラジーミル中央刑務所は、20世紀になると政治犯の収容所として特化し始め、現在は特に凶悪な重犯罪を犯した囚人を収容している。
このような収監所は17世紀の中頃から出現し始めたが、それ以前は、犯罪者はその場で処刑されるか、軽犯罪の場合はむち打ちか罰金が科せられた。
刑務所が出現したのはその後のことだ。政府は、受刑者を何もせずにただ居座らせるよりも、彼らを労働に従事させるべきだと決定した。流罪植民地はこうして生まれた。
ウラジミールで現在特に凶悪な重犯罪を犯した囚人を収監する刑務所(施設番号OD-1/T-2)は、18世紀にエカチェリーナ2世の命により、政治犯のために建てられた。
その施設は1906年以来、ウラジーミル中央刑務所として知られている。1921年になると、政治犯の収監所へと変更さ れ、1929年には国立の特殊重警備刑務所とされた。1945年には捕虜収容所となった。
公判待ちの留置場には、現在200名が収容されているが、刑務所自体には100名が収監されており、そのうち終身刑の受刑者は3名だ。1つの監房には2名から12名が収容される。
この刑務所では、革製のスポーツ具を製造しており、毎年1500万ルーブル(約450万円)の収益を得ている。6割から7割の受刑者が仕事に従事しており、月収は6,000ルーブルから10,000ルーブル(約18,000円〜30,000円)とさまざまだ。
最年少の受刑者は18歳で、最年長は70歳だ。一方で、平均収監年数は5〜10年。
記録に残っている脱獄は1件だけだが(1906年に36名が脱獄)、その時の状況は不明である。
ウラジーミル中央刑務所は、オレンブルク州のチョールヌイ・デルフィン(黒いイルカ)やペルミ地方のベールイ・レベジ(白鳥)とならんで、ロシアで最もタフな刑務所として知られている。