ニジニ・ノヴゴロド:今も昔も“ロシアの財布”

ニジニ・ノヴゴロド国際空港はロシア国内の主要都市だけでなく、フランクフルト(ルフトハンザにより週5便)、ドバイやプラハ へも直行便が就航している。S7航空とUTエア・アビエーションは、モスクワのドモジェドヴォ空港とヴヌーコヴォ空港への便を毎日運行している。

ニジニ・ノヴゴロド国際空港はロシア国内の主要都市だけでなく、フランクフルト(ルフトハンザにより週5便)、ドバイやプラハ へも直行便が就航している。S7航空とUTエア・アビエーションは、モスクワのドモジェドヴォ空港とヴヌーコヴォ空港への便を毎日運行している。

Andrey Mindryukov
ニジニと略称されるニジニ・ノヴゴロド(モスクワとニジニ・ノヴゴロドの間の距離は401.91 km)は、ロシアで5番目の大都市だ。ロシアの地方自治体(連邦構成主体)の中でも最もダイナミックな州都のひとつで、外食やエンターテインメントのスポットはたく さんある。
歴史家の中にはより古い成立を唱える者もいるが、主要な年代記によれば、この都市は、ロシア人によるヴォルガ川流域の入植が進行 する中、1221年にウラジーミル大公ユーリー・フセヴォロドヴィチが要塞を築いたのが起源。
ある古い諺がある:「モスクワはロシアの心。サンクトペテルブルクはロシアの頭脳。そしてニジニ・ノヴゴロドはロシアの財布」。 今日、ニジニ・ノヴゴロドはロシア連邦内でも有数の工業都市だ。この都市は、ロシアとヴォルガ川・ヴャトカ川流域経済区における主要な経済、交通と文 化の中心地である。
1932年から1990年までの間、この都市は、1868年に同市で生まれた作家のマクシム・ゴーリキーにちなんで、ゴーリキー市 として知られていた。文学愛好家はいくつもあるゴーリキー記念博物館を訪れることができる。
ソビエト時代のほとんどの間、この都市は、観光クルーズでヴォルガ川を行き来するソ連内の観光客に人気の中継地点であったにもかかわらず、ソ連の軍事研究および生産施設の機密を保護するために外国人に閉ざされていた。この規模のソビエトの都市としてはめずらしく、1970年半ばまでは道路地図さえも入手することができなかった。
有名なミグ戦闘機や潜水艦がこの地で製造されている。アルザマス16はニジニ・ノヴゴロドに近い小さな町だが、ここにはロシアの 連邦核科学研究センターがある。ここはロシア初の原子力爆弾が設計された場所だ。
ニジニ・ノヴゴロドはたくさんの歴史的遺産を保存しており、ユネスコにより世界文化を反映する世界の100の都市のひとつに数えられている。
この都市には600を超えるユニークな歴史的、建築的、文化的遺跡がある。
市の中心部は、ロシア・ルネッサンス様式とスターリン様式の建築がほとんどを占めている。この都市のスカイラインを圧倒する建物は、赤煉瓦の塔が特徴の荘厳なクレムリン(1500〜1511年建造)だ。
ボリシェヴィキによって破壊された後、クレムリンの城壁内で唯一現存している古くからの建造物は、当初は13世紀に石造された、テント形のアルハンゲリスキー大聖堂(1624〜31年建造)だ。
ニジニ・ノヴゴロドは、ヴォルガ川における旅客船サービスの重要な拠点となっている。夏季には、ニジニ・ノヴゴロド、モスク ワ、サンクトペテルブルクとアストラハンの間でクルーズ船が運行している。モスクワおよびサンクトペテルブルクまでの区間をつなぐ初の高速鉄道「サプサ ン」は、2010年7月30日に開通し、サプサンでのモスクワからニジニ・ノヴゴロドまでの所要時間は3時間55分となった。