アルハンゲリスク:過去と現在が交錯する欧州への窓

共通点は何もないのに、ロシア北部のアルハンゲリスク市は、「ロシアのロサンゼルス」と呼ばれ ることがある。
共通点は何もないのに、ロシア北部のアルハンゲリスク市(モスクワから1234キロ)は、「ロシアのロサンゼルス」と呼ばれ ることがある。アルハンゲリスク州は、ロシアの北ヨーロッパ部分に位置し、カレリア共和国、ヴォログダ州、ムルマンスク州に隣接している。
その地理的位置のため、アルハンゲリスクはロシアの北極探査の拠点となった。「北極へのゲートウェイ」は、1583年にイワン雷帝の命令によりに設立された。
他のロシアの地域とは異なり、アルハンゲリスク州の文化遺産は、真のロシアのものである。タタール・モンゴルの侵略を逃れた北方だけが、祖先の伝統を保つことができた。そして、その伝統は、芸術、彫刻、工芸品などに表現された。
アルハンゲリスク州は教会、礼拝堂、農家や農場、そして街の住宅を含む木造建築で有名だ。建設資材として木材を選ぶことは、タイガに覆われ、未だに 最大の木材生産地の一つであるこの地域にとって、自然なことである。なかには、17世紀の建物もある。
アルハンゲリスクはロシア北部の“首都”であり、バレンツ海沿岸最大の都市だ。ここでは古いものと現代的なものが隣り合わせにある。アルハンゲリスクは天 使の名を冠した、ロシアで唯一の都市で、大天使ミハイル(正教の呼び名は、天使首ミハイル)にちなんで名付けられた。そのためもあって、かつては数多くの教会と聖堂があり、今日もそのいくつかが残っている。再建中のものもある。
アルハンゲリスクは、季節により別世界となる。冬にはすべてが雪に覆われ、川は凍結し、スキーやスノーモビールやカイトサーフィングにうってつけの場所となる。極夜はないが、通常より暗くなり、日照時間は1日3~5時間。春と夏は暖かく明るく、6月に訪れると、忘れ難い白夜を体 験することができる。
サンクトペテルブルクが1703年に建てられるまで、アルハンゲリスクは、繁栄したロシア唯一の海港だった。アルハンゲリスクは、ロシア革命後の1918年から1920年までの 間は、ボリシェビキと戦っていたロシア北部の政府への英国、フランス、米国の支援の窓口であった。
ロシア北部、とくにアルハンゲリスク周辺は、民族伝承で有名だ。20世紀半ばまでは、おとぎ話が、プロの語り手により日常的に語られていた。 1890年代から、民俗伝承採集が、白海、アルハンゲリスク周辺で行われた。
アルハンゲリスクはモスクワから1234キロ地点にあり、連邦政府の高速道路で繋がっている。鉄道はロシアの主要都市と結び、モスクワまでは21時間、サンク トペテルブルクまでは25時間かかる。途中、列車は、ヴォログダやヤロスラブリなどの大都市にもとまる。アルハンゲリスクの国際空港 では、モスクワ・アルハンゲリスク間、サンクトペテルブルク・アルハンゲリスク間の便が毎日運航されている。ムルマンスク、ナリヤンマル、ソロヴェツキー諸 島、ノルウェーやフィンランドとを結ぶ定期便もある。
来年 2014年、アルハンゲリスクは建都430周年を祝う。