ロシア仏教の揺りかご:ウラン・ウデ

ウラン・ウデはバイカル湖の約100キロ南東に位置し、ブリヤート共和国の首都である。17世紀半ばまでウラン・ウデ周辺には、モンゴルの遊牧民で仏教徒であるブリヤート人が住んでいた。
18世紀にロシアでエリザヴェータ女帝により、仏教は宗教として公認された。残念なことに、1930年代には、ブリヤートの文化や宗教はソ連の指導部によって実質的につぶされた。仏教寺院は取り壊されたか、他の用途に供された。
ここの冬は長く、寒く、晴天が多い。夏は短くて、日中は暑く夜は涼しい。ブリヤートの気候は、日照時間が長く、乾燥しているので、健康に良い。
ウラン・ウデは、商人と仏教徒、ヨーロッパ・ロシアの文化とアジアのモンゴル文化など、対照的なものが共存する街だ。
中央広場には、巨大で珍しいレーニンの頭部の像があり、頭部のみのものとしては世界最大だ。レーニンの生誕百年を記念して1970年に建てられた。高さ7.7 メートルで重量42トンの巨像が中央広場にそびえ立つ。
ブリヤートには多くの宗教がある。仏教とキリスト教がバイカル湖のほとりに伝来するはるか前からシャーマニズムが存在していた。ブ リヤートの仏教はラマ教(チベット仏教)だ。最初のロシア正教の教会は、ロシア人居住区ができた17世紀後半に建設された。
ウラン・ウデ市の開発は、シベリア鉄道が1900年に到達し、その後1956年に北京への支線が建設されたことで、大幅に促進された。
観光インフラ建設プロジェクトは、収益性の高いビジネス投資だ。バイカル湖に近いことは、市の観光事業の開発を促す。
1991年までウラン・ウデは外国人に閉鎖されていた。ウラン・ウデの歴史的中心部には、彫刻木や石で豪華に飾られた古い商人の邸宅がある。
ウラン・ウデ市はシベリア鉄道沿線の、チタとイルクーツクの間にあるため、交通の要衝である。シベリア高速道路(M55)もウラン・ウデ市を通っている。これはウラジオストク方面への唯一の幹線道路だ。空港は、主要な空港であるムヒノと、小さな ヴォストーチヌイの2つがある。