ロシアでは新型コロナワクチンを接種する人が少ない。その理由は何か?

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エカテリーナ・シネリシチコワ
 ロシアでは、2020年12月から新型コロナワクチンの接種が始まった。しかし、現時点で、接種を終えた人は国民のわずか4%にとどまっている。

 モスクワの赤の広場にあるロシアの「グム」百貨店は、ロシアで初めて、医療機関以外でワクチンの接種を受けられる場所となった。百貨店のショーウィンドーの間には、接種場所が書かれた紙が貼られている。接種場所は3階にかつて書店が入っていた場所に作られた。スピーカーからは、ここでは誰でも、予約なしでワクチン接種ができるという案内が流れる。しかし、接種会場の入り口には行列もなく、時間によってはまったく人がいない状態である。

 ワクチン接種開始から数ヶ月経っても、モスクワでは、混雑した他のショッピングモールでも同じような状況であった。ひっそりとした接種会場のそばを、人気のショッパーをさげた人々がただ通り過ぎていく。

 全ロシア世論調査センターのワレリー・フョードロフ代表は、「ワクチンは十分にあり、接種会場もたくさんあります。さらに新たに場所も設置されています。そして輸送も整備されています。しかし、接種する人はほとんどいません。誰もワクチン接種をしようとしないのです」と話す。社会学者らは毎月、ワクチンに関するモニタリングを行なっているが、その結果は安定して芳しくない。半数以上のロシア人が新型コロナワクチンには反対だと答えている

 モスクワ以外の都市では状況は少し異なっている。他の都市では、ショッピングモールでは接種は行われておらず、予約をしないと接種は受けられず、またワクチンの輸送にも問題が起きている。しかし、それでもロシアは世界でもっともワクチン接種を受けやすい国であり続けている。現在、ロシアには自国で開発されたワクチンがすでに3種―スプートニクV、エピワクコロナ、コヴィワク―もある。

 それなのに、最新のデータによれば、1回目のワクチンの接種を受けた人は1,140万人、つまりロシア人口のわずか7.8%である(2回目の接種を終えた人となるとそのほぼ半分の4.4%)。この数字は、自国製のワクチンを持っている国の中では、かなり少ないものである。たとえば、イギリスでは少なくとも1回のワクチン接種を受けた人は成人全体の50%以上、アメリカでは40.5%となっている。ロシア政府はこれほどワクチン接種が進まないとは思ってもみなかった。3月22日、ミハイル・ムラシコ保健相は、6月15日までにおよそ3,000万人の市民に対するワクチン接種を完了する計画だと発表していた

PRの失敗

 「スプートニクV」は現時点で、ロシアで製造されるもっとも主要なワクチンである。「スプートニクV」は世界で最初に承認された新型コロナワクチンである。しかし承認された後すぐに、ロシア内外でこのワクチンに対する疑念が生まれた。その原因は、治験が「限定された条件の下で」行われた、つまり長期的な実験が行われなかったからである。

 心理学者とその患者らが利用する人気のネット掲示板には、「数ヶ月で開発されたワクチンを信用などできません。わたしは新型コロナそのものを疑問視してはいません。親戚にコロナに感染した人もいて、それは恐ろしいものでした。しかし何者かの野望でできた注射をするなんてもっと恐ろしいことです」というコメントが寄せられている

 またモスクワ出身のアンナ・ドシェフスカヤさんは、「恐怖心はまったく理解できるものです。ワクチンは実際、大急ぎで作られたのです。普通は、開発から導入には2〜3年、あるいはもっとかかるものです」との見解を示している。 

 その後、もっとも権威ある医学雑誌の一つである「ザ・ランセット」がこのワクチンに関する良好な数値を示す記事を発表したが、それも「第一印象」を払拭することはできなかった。「レヴァダ・センター」が行なった世論調査では、2021年3月1日の時点で、ワクチン接種を希望する人の数は数ヶ月にわたって減少し続けており、その一番の理由は副反応が怖いというものであることが分かった。同じ世論調査でもっとも多かった意見は、「短期間で作られたワクチンが5年後にどのような影響を及ぼすか誰にもわからない」というものであった。

 またワクチン接種後の42日間、ワクチン接種前の2週間はアルコールの摂取を控えるべきだとする政府の発表も、ワクチン接種を望まない人を増やしている原因の一つである。もっとも、その後この呼びかけは、「適度なら良い」と若干、緩和されてはいる。しかし、無料でアイスクリームを配布するという特典をつけても、道路などで大々的な社会的宣伝を行なっても、状況を改善することはできなかった。

 ベンチャー医薬品基金「インビオ・ベンチャーズ」の研究調査部長のイリヤ・ヤースヌィ氏も、「ワクチンの治験が20人しか受けていない時点で(実際には第1相と第2相を合わせた試験では76人が参加した)急いで承認されたときに、ワクチンへの信頼は失墜したようです」との考えを明らかにしている。またヤースヌィ氏は、ワクチンに関するデータがよりオープンになれば、ワクチンへの信頼を高めることができたかもしれないとも述べている。ロシアには今のところ、ワクチンの輸送、残量、3種類のワクチンの接種の可能性について、統一されたデータバンクが存在していない。こうした情報を得たければ、病院に直接電話するか、地域の保健省に問い合わせなければならないのである。

 ソチ在住のエカテリーナ・デミデンコさんは言う。「空きがなく、ウェイティング・リストに名前を入れてもらいました。保健省は長い時間をかけて検討し、日程を後ろにずらしました。そして、8時40分にワクチン接種に行かなければならないということを、17時42分に知らされたのです。2日後に、親切な女性が、なぜ来なかったんですかと尋ねてきました」。もう一人のソチの住民、ヴィクトリヤ・アニプチェンコさんも、「どうやったらソチで新型コロナワクチンを受けられるのでしょう?わたしは試してみようとも思いません」と書いている

「世界的な輸送の問題」

 輸送とワクチン不足の問題については、各地域はもちろん、国家のワクチン輸送を担当する組織である「イムーンテフノロギヤ」も認めている。大規模なワクチン接種が開始された直後の輸送の問題の原因は、世界でももっとも厳しい「超低温保存」が必要であるためだ。「イムーンテフノロギヤ」のイワン・グルシコフ副社長は、「スプートニクV」について、「厳格に言えば、ワクチンはたとえ5分でも、(効果を保つためには)マイナス18℃以上の温度にしてはならないのです」と説明する。

 この事実が原因で、短期間で多くの回数分のワクチンを各地域に平等に輸送、配布することができなかったのである。ロシア社会院のメンバーで、学術研究センター「オソーボエ・ムネーニエ」のエカテリーナ・クルバンガレーエワ所長は、これに関連し、「ロシア内外の輸送センターはどこも、2℃から8℃に設定されています。1970年代から1980年代にかけて、そのような合意があり、それがワクチン保存の標準的な適性温度だったのです。ある地域の主要な医師は、少ししか運ばれて来ないワクチンを『緊急用』に送らなければならなかったと話していますが、ロシアは巨大な国なので、それが届く頃には状況は変わってしまっているのです」と述べている

 しかし、2021年1月、開発者らは、ワクチンの改良を行い、保健省は、ワクチンをプラスの温度で保存することを許可した。それでも、モスクワを除くほぼすべての地域から、ワクチンが不足しているというニュースが流れており、政府や専門家はその理由について、生産能力が十分でないとしている。ロシア政府はワクチン不足に気が付いていない。ドミトリー・ペスコフ大統領報道官によれば、「ワクチン接種の需要が供給を上回っているという情報はない」。しかも、ロシアには外国製のワクチンは今のところはなく、近く外国製のワクチンが承認されるという予定もない。唯一の例外として、ロシアでのワクチン接種のスピードを高めるため、ロシア国外で製造される『スプートニクV』がロシアに輸入される可能性はある」。

陰謀論とモチベーションの欠如

 ロシアでは、概して、ワクチンに対しては良い印象がない。それは陰謀論が広まっていること、そしてワクチン反対者らの運動が行われていることによるものである。

 2020年、北オセチアでは、住民が移動体通信ネットワークの塔に放火する(5Gの塔だと思って)という事件が2度も起きた。ダゲスタン、カラチャエヴォ・チェルケス、スタヴロポリ、クラスノダール地方では、これらの設置に反対する大々的な集会が開かれた。これは移動体通信ネットワークの放射線が免疫系に影響を及ぼし、それによって、新型コロナに感染しやすくなるという陰謀論が広まったためである。3月17日、ウラルのエカテリンブルク市では、実際にはまったく関係がないのに、5Gの通信ネットワークの建設現場近くにテントを張り、これに抗議を行った。この抗議行動に参加した人々は、ワクチン接種にも反対する人々である。またロシア人のほとんどが、コロナウイルスは生物兵器のように人工的に作られたものだと信じている

 しかし、問題はそれだけではない。ロシア人はワクチン接種をする動機付けがないからというだけで、ワクチン接種に行かないわけではない。ロシアのほとんどの地域では、すでにかなり以前に制限措置が解除されており、地域間の移動もでき、大規模なイベント開催され、外食の営業制限もなくなるなど、生活に影響を及ぼすような措置はすべて解かれた。しかも国内の感染者数も減少しつつある。スコルコヴォ科学技術大学・イノベーション・ビジネスセンターのドミトリー・クリシ教授は、新規感染者や入院患者数が急増するようなことがあれば、ロシア人もワクチン接種をするかもしれないと指摘する。

 全世界で言われている第3波は、ロシアでは今のところ公式的にはまだ来ていないとされている。ただモスクワでは、3月末以降、感染者、入院患者数が増加し、死亡者も増えているが、他の地域ではそのような不安はまだない。

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