ロシア人が私の人生をどう変えたか:沖縄県出身の伝統工芸家の熱きロシア体験

根路銘まり撮影
 私が初めてロシアに来たのは、22歳の時。それから2年間モスクワで生活してきた。空港に着いてすぐトラブルもあったが、1週間ほど経った時には、すでに将来はここに住もうと決め、モスクワを拠点に仕事をしたいと思うようになった。運命的に、ここだ!と思ったのだ。

日本の外から自らの文化を見る事が出来た

 私は大学で芸術を学び、今から約3年前、作品について、そして日本での人間関係について、どうしても上手くいかずにとても悩んでいる時期があった。そんな時、母の仕事でロシアに行くことが決まり、モスクワへ引っ越してきた。

 そしてそこで、日本に興味を持ってくれているロシアの人々に出会い、双方の文化について議論する機会を何度かいただき、それを通して私は 「私が日本や沖縄の伝統工芸を勉強する必要性」を再認識することができた。一度、日本の外から自らの文化を見る事が出来たことで、長い間悩んでいた物事が嘘のように溶けていったのだ。そのおかげで、思うようにいかなかった制作も、今では楽しくてしかたない。

裏表のない人間関係に心地よさを覚えた

 ロシアには、日本とは違った人付き合いの文化があり、日本での人間関係でやりにくさを感じていた私にとって、ロシアの友人はとても良い刺激になった。もちろん、とても難しいこともあったが、あまり裏表のない人間関係に心地よさを覚えたからだ。

 日本では「おそロシア」という言葉もあるほど、ロシアは怖がられている存在だ。ロシア人は一見無表情で冷たいイメージを外国人は抱きがちだが、仲良くなるととても人情深く、家族や友人が困っていたら必死で助けようとしてくれる。私もそのような友人に何度も助けられ、日本では考えられないほどの窮地を何度も乗り越えることができた。

 私はロシアに来たばかりの時、ロシア語のアルファベットも読めない状態で、日常生活の中で困る事も多かったが、いつも友人が助けてくれた。さらに、ロシアでは、日本ではとても起こらないような事が起こる。

 ある日、私の家の電気が「爆発」してしまった。日本では電球も誰もが簡単に変えられるようになっているが、ロシアの私の家はそうではなかった。また、ロシアでは電球の手持ちの予備が切れる時に限って爆発することが良くあるそうだ。

 家中真っ暗になってしまい、とても困った。そんな時、建築家の父を持つ私のロシア人の友人が、彼女のお父さんと駆けつけてくれ、あっという間に停電を直し、新しい電球と交換してくれた。

 他にも、ロシアには優先席やバリアフリーこそあまりないが、お年寄りや子供が困っていると、すぐに若者が助けてくれる。私が重いスーツケースを2つ持って駅の階段を上っていた時も、すぐに男性が来て手伝ってくれた。

 最初は、そのまま盗まれてしまうのではと思ったが、助けてくれた人から何かを盗まれるということは、一度も起こらなかった。このような、日本では滅多に見られなくなってしまった心温まる光景をよく目にすることがあり、とても感動したのを覚えている。

 ある日、タクシーの中にiPhoneを忘れてしまった。タクシーの運転手は意地悪で、私が外国人なのをいいことに、電話を返そうとしなかった。そんな時、ロシア人の友達がタクシー会社とその運転手に電話してくれた。電話を返さないと仕事を辞めさせると会社から怒られたタクシーの運転手はやっと、私の家まで電話を返しに来てくれた。

ロシアで自分のやりたい事をやりぬきたいと思うようになった

 モスクワでの一年目は、モスクワ大学附属のロシア語の語学学校に通って、ロシア語を勉強し、2年目はビザをビジネスビザに直して大小様々な日本文化イベントに参加していた。イベントでは、つまみ細工という技法を使い、花びらの一つ一つから手作りした簪や髪飾りをロシアの人々に紹介したり、簡単な簪作りの体験教室などをした。

 一番強く印象に残っているイベントは、2016年に開催された日本文化フェスティバル。それが、自分の作品を海外で発表する初めての機会だった。とても緊張して臨んだが、ロシアの皆様が私の作品を楽しそうに手に取り、そして笑顔であれこれ見てくださっているのをみて、とても嬉しかった。

 このイベントに出たのがきっかけで、ロシアで自分のやりたい事をやりぬきたいと思うようになった。それからは、もっと簪作りの技術を磨いて、クォリティーの高い日本の芸術をロシアの人に知ってもらうこと、そしてさらには専門である着物の展示会も開催できるように、今も頑張っている。

今まで見たことのない美しさ

 私生活でも沢山の思い出がある。友人達と一緒にロシア国内の様々なところに旅行した。サンクトペテルブルク、ニジニ・ノヴゴロド、トゥーラ、ウラジーミル、スーズダリなど。でも、その中でもやはり、モスクワが一番好きだ。

 モスクワでは、よく美術館へ行った。ロシアの芸術はとても素晴らしく、絵画や染織、そして音楽に至るまで、西ヨーロッパ諸国とはまた一風かわった独自性のある美しいものがある。美術館で、沖縄ではなかなか見られないような多くの名画や工芸品を鑑賞したり、有名な詩人の家を訪れたり、とても贅沢で素敵な経験をさせていただいた。

 ロシアの音楽も大好きだ。特に映画音楽やクラシックが好みで、今はロシア語の歌を日本語に直したり、日本語の歌をロシア語に翻訳したりしながら勉強をしている。

 沖縄県出身の私にとって、ロシアの冬はとても寒く、分厚いカーディガンやコートを何枚も着ていた。しかし、真っ白な雪景色を見たのは初めてで、それは寒さをすぐに忘れてしまうほど美しいものだった。そのため、雪の無い時の寒さの方が辛かったように思える。

 3年前、ロシアに来ていなければ、今の私はない。あのまま沖縄にいたら、悩み続けて大学を辞めていたかもしれない。今の目標は、自分で染めた着物の展示会をロシアで開くことだ。ロシア語のスキルも未熟で、まだまだスタートラインにも立てていない私だが、できるかぎりの力を尽くして制作に励む。それにより少しでも、ロシアと日本、そして沖縄との友好と相互理解に寄与できればと思う。

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