ナチズム打倒に大貢献した12人のソ連女性

リュドミラ・パヴリチェンコ

リュドミラ・パヴリチェンコ

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 第二次世界大戦中、ソ連女性は、軍用機パイロット、戦車兵、スナイパー、パルチザンなどとしてナチス・ドイツと戦い、しばしば男性顔負けの勇気を示し、大戦果を挙げた。軍人に対する最高の褒章である「ソ連邦英雄」を、90人の女性が授与されている。

リディア・リトヴャク

 リディア・リトヴャクと次のエカテリーナ・ブダノワは、世界史上空前絶後の女性エースパイロットだ。リディアは、168回出撃し、撃墜数は個人スコアが12、協同スコアが4。これにより、現在にいたるまで史上最高の女性エースとなっている。1943年8月1日、ドンバス(ウクライナ東部)での戦いで戦死。まだ21歳だった。

 

エカテリーナ・ブダノワ

 エカテリーナ・ブダノワは、リディア・リトヴャクに次ぐ女性エースパイロットで、二人は親友同士だった。公認撃墜機数は11機(個人撃墜6機+協同撃墜5機)。大祖国戦争(独ソ戦)の勝利を見届けることなく、1943年7月19日、やはりドンバスで戦死している。享年26。

 

マリア・オクチャブリスカヤ

 独ソ戦の勃発直後、マリア・オクチャブリスカヤは、自分の所有物をすべて売却し、寄付した。戦争のために戦車を購入できるようにと。彼女は戦車を「戦う女友だち」と命名し、スターリンから直接、操縦士となる許可を得た。こうして彼女は世界初の戦車の操縦士になった。1944年、彼女はベラルーシ北部で致命傷を負った。38歳だった。

 

ゾーヤ・コスモデミヤンスカヤ

 ゾーヤ・コスモデミヤンスカヤは、独ソ戦で最初に「ソ連邦英雄」の称号を授与されている。ドイツ軍の後方でサボタージュ員として活動した。1941年11月21日に捕らえられ、拷問の末、絞首刑に処せられた。弱冠18歳。彼女は独ソ戦において、ソ連で最も人気のある象徴的存在の一人となった。

  

ナタリア・メクリン

 ナタリア・メクリンは、有名な「夜の魔女」の一員だ。「夜の魔女」とは、世界で唯一の、女性のみの夜間爆撃部隊「第46親衛夜間爆撃航空連隊」のこと。連隊の編隊長として、980の戦闘任務を行った。独ソ戦で生き残った彼女は、82歳で2005年に死亡している。

 

リュドミラ・パヴリチェンコ

 リュドミラ・パヴリチェンコは狙撃兵。確認戦果309名射殺という戦果を挙げた。史上最高の女性スナイパーであるのみならず、男性を含めても最高の部類に入る。1942年に彼女は、ソ連代表団の一員としてアメリカを訪問し、フランクリン・ルーズベルト大統領と会見した。1974年に58歳で死亡。

 

タチアナ・マカロワ

 タチアナ・マカロワは、第46親衛夜間爆撃航空連隊(「夜の魔女」)の編隊長。1944年8月25日、ポーランド上空の戦いで戦死した。享年23。

 

アレクサンドラ・サムセンコ

 女性の戦車兵、アレクサンドラ・サムセンコは、T-34を指揮した唯一の女性戦車搭乗員であり、第1偵察戦車旅団の第1戦車大隊で副官を務めた。戦争終結まで間もない1945年3月3日に、ドイツ領内での戦傷が元で死亡した。23歳だった。

 

ローザ・シャーニナ

 女性スナイパーのローザ・シャーニナは、二つの目標を狙って続けざまに射撃する腕前で知られていた。確認戦果59名射殺。1945年1月28日、戦闘で重傷を負い、翌日死亡した。享年20。

 

ニーナ・ペトロワ

 ニーナ・ペトロワは最年長の女性スナイパーだった。独ソ戦が始まったときは46歳。志願して軍に加わり、確認戦果122名射殺。勝利の直前の1945年5月1日、自動車事故で亡くなった。

  

レエン・クリマン

 エストニア出身のレエン(ヘレネ)・クリマンは情報機関員で、ナチス占領下のエストニアで活動していた。1943年3月6日に捕らえられ、処刑。23歳だった。

 

アネリャ・クジヴォニ

 アネリャ(アニエラ)・クジヴォニは、民間人だが、ポーランド人民軍(共産主義パルチザン)の独立した女性大隊「Emilia Plater」に所属していた。人民軍は、戦時中はソ連軍の中で活動していた。1943年10月12日、18歳のアネリャは、ドイツ空軍の空襲で負傷した兵士たちを救出し、炎上したトラックから重要書類を持ち出している際に死亡した。彼女は「ソ連邦英雄」の称号を授与された唯一のポーランド女性である。

 

*ロシア人が国民的英雄とみなすのは誰?こちらをご覧ください。

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