スターリン崇拝の楽屋裏:写真に見るプロパガンダの軌跡

RIA Novosti
 洗練されたプロパガンダのせいで、ソ連の一般市民は、指導者ヨシフ・スターリンが親切で思いやりのある「父親」だと思っていた。その親しみやすい外見に完全に魅了されていた彼らは、この独裁者が何百万人もの人々を死に追いやっているとは信じられなかった。ソ連の雑誌や看板では、スターリンはしばしば愉快そうに笑ったり、微笑したりしていたが、今日では、そうした写真はほとんど知られていない。ロシア・ビヨンドは、スターリンを善人に装った、貴重な写真をご紹介する。

 いろんな噂にもかかわらず、彼は普通の気持ち、感情を知らぬ人ではなかった。スターリンは1930年代に撮影されたこの写真では、笑顔を浮かべている。

 ここでは、ソ連指導者たちは普段の服装ではない。スターリン(中央)とソ連邦元帥クリメント・ヴォロシーロフ(左)と外務大臣ヴャチェスラフ・モロトフ(右)が、中央アジアの民族衣装を着ている。

 スターリンも時には休息が必要だった。1920年代の撮影。

 スターリンとその2番目の妻、ナジェージダ・アリルーエワ(右)。1920年代前半に友人らとピクニックした際に撮影。

 スターリンとフェリックス・ジェルジンスキー。後者は「鉄のフェリックス」 のあだ名があった。ソ連秘密警察「内務人民委員部附属国家政治局(GPU)」の長官である。1924年の撮影。

 非公式のコミュニケーションは非常に重要であり、スターリンはそれを洗練されたアートに変えた。1930年、スターリンは、第1回集団農場会議の代議員たちとポーズをとっている。

 中央アジアの民族衣装を着た、スターリン(左)とソ連邦元帥クリメント・ヴォロシーロフ(右)。民族衣装は、ソ連構成共和国のタジクとトルクメンの代表団との会合に際し贈られたもの(1935年)。

 人間的なことならどんなことでも私に無縁であるものはない!「諸民族の父」がカメラの前でおどけてみせる。

 第2回集団農場会議で、タジク共和国の代議員(中央)との会見で笑顔を見せるスターリンとソ連邦元帥クリメント・ヴォロシーロフ(右)。代議員が緊張する気持ちはよく分かる。ソ連の偉大な指導者に会える機会は滅多にないのだから…。

 休暇中のスターリン(中央)とアナスタス・ミコヤン(右)。ミコヤンは、スターリンの生前は、補給、食品工業、対外貿易関係の重要なポストを歴任し、スターリンの死後は、国家元首に当たる最高会議幹部会議長を務めている。