キエフ大公国のウラジミール大公(在位978〜1015年)は、ノヴゴロドにキリスト教を導入すべく、兵士と正教会の司祭を派遣する一方で、ペルーンの木製の偶像を引き倒した。ペルーンは、スラヴの異教のなかでも最も重要な神のひとり。人々は偶像を、路上をあちこち引きずりまわし、棒で打ち叩いて、ボルホフ川に投げ込んだ。
こうしてキリスト教徒は、「正教会の神が勝利した」という象徴的なメッセージを発し、これに比して、異教の“ライバル”たちは弱くなすすべを知らず、権威を失って去らねばならなかった。ペルーンが引き倒され、打ち叩かれるをの目にして、人々は泣き叫んだことだろう。ペルーン、スヴァローグ、モコシなどの神々は、長い歳月にわたり、彼らの神秘的な良心と不可分であったから。さて、そのスラブの異教崇拝者の主な神々はどのようなものだったか?
天空の神、万物の創造主「スヴァローグ」
あらゆる異教のパンテオンには、「デミウルゴス」すなわち世界を創造した造物主がいる。古代スラヴ人にも、天空の神「スヴァローグ」がいた。これは、宇宙を支配し、すべての若い神々を誕生させると信じられていた。
「ラルース世界の神々・神話百科(New Larous Encyclopedia of Mythology)」によると、スヴァローグ(Svarog)の名の語源は、svar(bright、clear)で、サンスクリット語に遡る。
スヴァローグは通常、強く賢く、白い髭を生やした老人としてイメージされていた。スラヴの農民にとって、天空は祝福と災害の両方をもたらし得たから、天空の神が世界を支配したのも驚くに当たらない。
太陽神「ダジボーグ」
スラヴ人は信じ難いほど厳しい気候にさらされて暮らしていた。このため、彼らは、慈悲深い太陽神「ダジボーグ」を崇拝した。これは、スヴァローグの子であると信じられていた。
その名は文字通り「与える神」を意味している。ダジボーグは、黄金の翼をもつ4頭の白馬が引く戦車で空を横切り、「火の盾」で陽光を創り出した。彼はまた豊穣神でもあったから、人々は自らを誇り高く、「ダジボーグの孫」と呼んだ。
雷神にして軍神「ペルーン」
おそらく、今日、あらゆるスラヴ神の中で最もよく知られているのが、雷神「ペルーン」だろう。これは、ギリシアのゼウスやスカンジナビアのトールに近い。ペルーンは、嵐と戦争の神で、雷を武器にした。人々はペルーンの怒りを恐れたが、同時に崇拝し、戦いに際してはその加護を祈った。
ペルーンは、最高神であり、長い髭をたくわえた強力無比の男として思い描かれていた。したがって、権力のイメージとも深く関係しており、スラヴの公たちとドルジーナ(親兵、親衛隊)を畏怖させた。
家畜の神「ヴォーロス/ヴェレス」
天空につながる、上に述べた神々とは異なり、ヴォーロス(ヴェレス)は、水、森、土壌、地底の世界を支配していたため、地底に在った。そのイメージはぞっとさせるようなもので、羊のように毛むくじゃらで、長い髭を生やした、かなり野生的な外見であり、パン(牧神)に比べられる。
にもかかわらず、スラヴ人は、牛などの家畜を守り、動物や植物を助けると考えられていたヴォーロスを愛していた。ペルーンが貴族に加護を与える神であったとすれば、ヴォーロスは、庶民、狩人、農民と結びついていた。ペルーンとヴォーロスはしばしば衝突し、戦い、それが季節の変化を引き起こすとされた。
スラヴの悪魔「チェルノボグ」
ペルーンとヴォーロスは、戦うことがあるとはいえ、それは、一般的な秩序の中におさまっていた。これらの二柱の神は、性格は異なるものの、どちらも永遠の秩序の一部であったから。
だが、それと違って、チェルノボグ(文字通りの意味は「黒い神、闇の神」)は、スラヴ神話における絶対的な悪を表していた。
チェルノボグは、ナヴ(スラヴの冥界)の支配者として、人間の邪悪さ、弱さ、卑劣さの背後に潜み、この死すべき世界に天災をもたらす。したがって、これは、普通の異教神よりは、ユダヤ教、キリスト教などの悪魔に近かった。
その意味でチェルノボグは稀有な存在だ。まさにこの理由で、この黒い神は、現代の大衆文化、つまり主として、多くのコンピューターゲームや『アメリカン・ゴッズ』(ニール・ゲイマンの小説とそのテレビ版の両方)などに登場するのだろう。
豊穣の女神「モコシ」
残忍で族長的、家父長的なスラヴのパンテオンは、あまり女神を含んでいなかったが、モコシはそのひとりであり、非常に影響力があった。大地と収穫を司り、人々に愛と繁栄と富を与え、また悪人を罰した。モコシは女性と子供の守護神だった。