なぜなら、皮肉なことに、イギリス人を含めた世界の国民が、ロシア人自身よりも、この都市のオリジナルの名前により近い、忠実にその発音を模したものを使っているからだ。
まずは肝心かなめなことから始めよう。ひょっとしてご存じないかもしれないが、ロシア人自身は決して自分たちの首都を「Moscow」とは発音しない。フランス語の「Moscou」でも、ドイツ語の「Moskau」でもない。その他のどのヨーロッパ・バージョンとも違う。
ロシア語では、第二音節にアクセントを置いて「Moskva」 (Москва モスクヴァー)と発音する。実際にどんな風に聞こえるか知りたい方は、ウィキペディアの録音を聞いてみていただきたい。
英語の話者は実は、この言葉をある程度知っている。例えば、モスクワを流れる「モスクワ川」の名前は、英語では「Moskva River」だ。つまり、ここではロシア語バージョンが用いられているのである。しかし、なぜこの都市の名は、ロシア語では一つだけなのに、英語には二つあるのだろうか?
事は、モスクワの名前が時とともにどう変わったかに関係している。元来、ロシア人(より正確には、後にロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人に分かれたスラヴ人の先祖)は、モスクワを「Moskov」(Москов モスコヴ)と呼んでいた。
この「モスコヴ」が年代記で初めて言及されるのは1147年のことだ。この年、後にキエフ大公となったユーリー・ドルゴルーキーは、ある盟友に手紙を書き、自分が治めている町の一つに招いている。「兄弟、モスコヴへ私を訪ねられよ」
この1147年のくだりが見つかって以来、これがモスクワ建設の年とみなされ、ユーリー・ドルゴルーキーはその建設者とされるようになった。
だが実際にはそれは定かではない。おそらくは、他の誰かが、これより何世紀も前にこの町を築いたのであって、ユーリー・ドルゴルーキーは単にそれをたまたま征服したに過ぎないだろう。
デザイナーのアルテミー・レーベジェフは、モスクワの英語の名称をめぐる状況をうまくまとめている。
「『Moscow』は、オリジナルの言葉が他の言語に保存された好例だ。かつてこの町は『Moskov』と呼ばれており、まさにこの名で外国人に紹介され、彼らはそれを注意深く『Moscow』と表記したのである。当時、『W』は『V』に近く発音されていた。…だから私は、『Moscow』という表記を見るといつも、おお~、中世の古名がいまでも英語に生きているなあ、と思い、嬉しくなる。もっとも、それはロシア語からは消えてしまったが」
というわけで、フランス語の「Moscou」、ドイツ語の「Moskau」、その他のヨーロッパ・バージョンは、実はすべて、オリジナルの「Moskov」に近く、ただ彼らの言語に合わせられていたのである。
こういう自国の言語への適合化はごく一般的な現象だ。どの言語にも、独自の発音上の規則があるのだから。
だから、我々ロシア人は「Moskva」を用いるけれども、外国人たちが「Moscow」と言ったときにそれが何を意味するのか、誰もが直感的にピンと来るのだ。
ちなみに、日本語のバージョン「モスクワ」は、ロシア語の原音に最も近いものの一つだ!
ロシアに漂着し10年近く滞在した大黒屋光太夫(1751~1828年)は、「モスクワ」または「ムスクワ」と表記している(桂川甫周による聞き書き『北槎聞略』)。
光太夫の耳の良さはさすがだ!
中国語の漢字表記では「莫斯科」で、かつてはこれが日本でも用いられることがあった。
例えば、
「トロツキーがビックリして振返ってみると、それはレニンであった。莫斯科の十字路で硝子箱入の屍蝋(しろう)と化している筈の親友であった」(夢野久作『書けない探偵小説』)
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