「チーズ」という言葉はすでにキエフ・ルーシ時代の年代記にも記述があるが、しかし当時の「チーズ」というのは柔らかいもの、つまりカッテージチーズを指した。硬質チーズがロシアに現れるのは、オランダを訪問したピョートル1世が、そこからチーズのみならずチーズ職人を連れ帰った後である。またロシアにおけるチーズ作りの発展はニコライ・ヴェレシャーギン(ヴォログダバターの考案者)の名と切っても切り離せない。ヴェレシャーギンは1866年にトヴェリ州で最初のチーズ製造所を指揮し、のちにチーズ作りの普及に携わった。
伝説によれば、乳牛でできたこの硬質チーズはロシアのチーズ職人によって作られた。オランダの「エダム」チーズの製造技術を進化させたのである。「オランダ」チーズの味はミルクの風味があり、わずかな酸味と軽い辛味がある。色は白または明るい黄色である。
「ロシア」チーズはロシアのどの店でも売られている。しかもこのチーズはもっとも一般的であるのに加え、もっとも安価なもののひとつである。「ロシア」チーズという名称は使用に制限はなく、さまざまな会社から売り出されている。
この半硬質チーズは1960年代にウグリチ市(モスクワから200キロ)の工場で考案された。この工場では今も数多くの種類のチーズが製造されている。「ロシア」チーズは低温殺菌牛乳から作られたもので、やや酸味がある。カットしたときの断面には同じ大きさの小さな穴がレースのように作られているが、これは粒状チーズを乾燥させるときに生じるものなのだという。
「コストロマ」チーズのレシピの歴史はほぼ1世紀半前に遡る。モスクワから300キロ離れたコストロマという街のウラジーミル・ブランドフという商人が所有していたチーズ製造所で作られたのである。ブランドフはオランダチーズに似たチーズをもっと安価なものにしたいと考えた。「コストロマ」チーズには丸い穴が空いているが、これはバクテリアを利用し、長期間に渡って熟成する際に炭酸ガスが発生し、気泡が固まるからである。
酸味があり、香辛料の風味がする「ポシェホニエ」チーズは「コストロマ」チーズより100年遅れて製造されたものだが、しばしば「コストロマ」チーズと比較される。「ポシェホニエ」チーズは熟成期間が短く、より柔らかく、穴はほとんど空いていない。この名前はチーズが作られたポシェホニエ工場に由来する。ポシェホニエ工場はヤロスラヴリ州(モスクワからおよそ250キロ)にある。
19世紀の末、アルタイ地方(チーズ製造の中心地の一つ)のチーズ製造者らはスイスチーズに似たレシピで硬質チーズを作ろうと考えた。その製造技術を完全に借用することはできなかったが、ドミトリー・グランニコフ率いる研究者グループが1930年代初頭に独自の製法を編み出した。それは低温殺菌牛乳から作り、3–4ヶ月熟成させるというものだった。伝説によれば、スターリンはアルタイ地方で作られた「スイス」チーズが気に入らなかった。そこでチーズは政治的に正しい名称である「ソヴィエト」チーズと名付けられることになった。甘みとピリッとした味が特徴で、立方体で販売された。
「ウグリチ」チーズは第二次世界大戦開戦前に、ヤロスラヴリ州で製造が開始された。この硬質チーズは酸味と香辛料の風味をもち、後味も良いため、ワインのテイスティングの際によく使われる。伸びがあり、穴は角ばっている。
1930年代、ソ連にプロセスチーズが作られていないことを懸念したソ連指導部は、スイスの製造技術を取り入れたモスクワプロセスチーズ工場を建設した。1963年、初めて有名なチーズ「ドルージバ」(友情)が生産され、その1年後にはプレミアムクラスの「ヤンターリ」(琥珀)が発売された。
ソーセージチーズの製造技術は第二次世界大戦以前に、ソ連の研究者たちがアメリカで視察していたものだったが、実際に製造が開始されたのは1950年代に入ってからであった。ソ連市民たちはチーズでできたソーセージの香りが気に入り、またよく切れることも人気があった。このソーセージチーズは規格に合わない硬質、および半硬質チーズでできていたが、その香りのよさと価格の低さで消費者には好まれた。
軟質チーズ「アディゲア」のレシピは北カフカス地方のアディゲア共和国で生まれた。チーズは古代から作られてきたものであるが、産業規模で作られるようになったのは1980年代に入ってからである。このポロポロとした食感の白いチーズは羊、ヤギ、牛の全乳から作られる。平たくて丸い形をしていて、表面に柄がある。わずかな酸味があり、温めても溶けないので、グリルで焼くことができる。
カフカス地方では軟質チーズが大量に製造されている。たとえばバルカリアやオセチアチーズがそうである。オセチアチーズは羊、ヤギ、あるいは牛の全乳から作られる。新鮮な温かい牛乳に、きれいにした牛の胃をスライスしたものの中に入れておいた乳清を加える。そのあと牛乳を混ぜ、1時間熱を加える。それをさらに混ぜ、搾り、形を整えるのである。
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