採掘場「ウダーチヌイ」=Press Photo
地の果てのラッキー・ポイント
ウダーチヌイは、北極圏から17キロメートルのシベリア北部の町で、今日、ダイヤモンドを産出する北方の主要な町の一つとなっている。ソ連時代には、後に基幹企業と呼ばれるようになる大工場を中心として大都市が建設されていったが、ここでは、1954年にソ連の地質学者ラリーサ・ポプガーエワが、キンバーレー岩の孤立岩「ザルニーツァ」を近くに発見したものの、その際には産地の開発は行われず、1956年に町のすぐそばに別の「ウダーチナヤ」というダイヤモンド産出地域で最大の孤立岩の一つが発見されると、それが、新しい企業にとっての基礎となり、町に「ウダーチヌイ」という名を与えることとなった。
IFRS(国際財務報告基準)によれば、2013年のアルロサ社の純益は、318億3700万ルーブル(約955億1100万円)、売上は、1685億ルーブル(約5055億円)。同社の方針によれば、一年間で得られたIFRSの純益の35%以上は、株主の配当金に当てられる。
採掘場「ウダーチヌイ」は、長さが2,1キロメートル、幅が1,8キロメートルで、一番底へ下りるには、特別の輸送手段で一時間以上かかる。坑内で大事なことは、つねに同伴者から離れないこと。回廊や採鉱層や切羽では、迷子になりやすいから。ただ、現場でダイヤモンドを目にすることはできない。ある坑夫によれば、坑内でダイヤモンドを拝める機会はめったになく、記憶にある限りでは、岩石を加工していたコンバイン運転手がたまたま壁面に光るものを見つけたことがあるくらいで、実際、それは、おおきなダイヤモンドだったそうだが、その坑夫は、「私は15年そこで働いていますが、ダイヤモンドを目にしたことは一度もありません」と語っている。
仕事の原則
ダイヤモンド採掘の流れを一言で述べるならば、地質学者たちが「どこを掘るべきか」を定め、発破工たちが岩石を爆破して採掘層を切り開き、形成された切羽で掘削作業が開始され、特別の地下のダンプカーが鉱物を貯蔵器まで運び、鉱物はそこから地上へ移されて選鉱場へ送られる、という流れになる。2013年の一年間だけでも、そこでは489万1500カラットが採掘された。採掘されたダイヤモンドは、化学物質で随伴混入物を洗い落す作業場へ回されたあと、500キロメートル以上離れたロシアのダイヤモンド地方の中心都市であるミールヌイの分別センターへ運ばれ、そこで純度やサイズに応じてグループに分けられたあと、アルロサ社の単一販売組織へ送られ、そこでクライアントへの販売の準備が整えられる。
現在、同社は、約40の長期契約を結んでいる。2013年5月には、アルロサ社と競売会社のサザビーズが協力に関する覚書に調印したが、契約の条件によれば、アルロサ社は、サザビーズのオークションにおいて、同社の支社「アルロサ・ダイヤモンド」によって製造されるプレミアムクラスの大きなダイヤモンドおよびそれらのダイヤモンドを使った宝飾品を販売できる。
きわめて質の高いダイヤモンドは、同社の宝飾支社「ダイヤモンド・アルロサ」でカットが施されるが、宝飾ビジネスは、同社の優先的方向ではなく、アルロサ社で広報を担当するエフゲニー・コゼンコ氏によれば、ビジネスを発展させるすべての力をダイヤモンドの採掘へ傾注するのが同社の方針だという。
将来のプラン
現在、アルロサ社の主な生産施設は、国内では西ヤクーチヤ(サハ共和国西部)とアルハンゲリスク州、国外ではアフリカのアンゴラとボツワナに集中しており、同社は、22の産地を開発している。
2013年10月、同社は、モスクワの取引所でIPO(株式公開)を上首尾に行い、その過程で、同社の株式の16%が販売され、同社は、約13億ドルを手に入れた。
販売システムは、ダイヤモンドおよびダイヤモンドを使った宝飾品のメーカーとの長期契約の締結に基づいて構築されており、同社の販売組織は、米国、ベルギー、アラブ首長国連邦、中国、英国、イスラエルといった世界のすべての主要なダイヤモンドビジネスの中心地に事務所を構えている。
2014年6月末には、その建設作業が大詰めを迎えている地下鉱床「ウダーチヌイ」の第一工期分の操業開始が予定されているが、ウダーチヌイ選鉱コンビナートのアレクサンドル・マフラチョフ所長は、アルロサ社はその地下鉱床に大きな望みをかけているとし、こう述べた。「現在、私たちは年間132トンを採掘していますが、その鉱床の操業が始まれば、採掘量は480トン程度に増えます。2019年までには、4百万トンを採掘することでしょう。算定された産地の生産ポテンシャルは60年で、探査された埋蔵量は1億5千9百万トンなので、そこでの作業は長期にわたるものと思われます」
ロシア・ビヨンドのニュースレター
の配信を申し込む
今週のベストストーリーを直接受信します。