「ヤンデックス」の共同創始者亡くなる

ロシア通信撮影

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7月28日(日) 、ロシア最大の検索エンジン「ヤンデックス」の創業者の一人であるイリヤ・セガロヴィチ氏が、48歳の生涯を閉じた。  

48歳の早すぎる死 

 先週木曜日の7月18日、セガロヴィチ氏は、「ヤンデックス」の新しい検索プラットフォーム「オストロヴァー(アイランズ)」を同社のトルコ人パートナーたちに紹介したが、それが、同氏が公に姿を見せる最後の機会となった。

 死因は公表されていないが、フォーブス誌は、「ヤンデックス」の関係者の話として、セガロヴィチ氏は胃癌を患っていたと報じ、次のように記した。「癌は危険なステージにはなく、一時、小康状態も見られていたが、昨夜、致命的に病状が悪化した」。

 セガロヴィチ氏の訃報は、ルーネットを震撼させ、ツイッターに流れ、交流サイトに溢れ、多くの同業者が、深い哀悼の念を表した。

 

反政府活動家ナヴァリヌイ氏:「理想的な資本家」 

 モスクワ市長選に立候補している著名な反体制活動家アレクセイ・ナバリヌイ氏は、自身のブログにこう綴っている。「彼は、自分の頭脳と労力でお金を稼ぎ、進んで慈善活動に携わり、政治プロジェクトを公然と支援することを怖れなかった『理想的な資本家』でした。彼は、ロシアにおけるIT産業のきわめて重要な支柱であり、選挙を監視するためのモバイルアプリの開発に協力していました」。

 ナバリヌイ氏は、さらに、政治囚の釈放を訴える5月6日のデモ行進で最後に目にしたセガロヴィチ氏の様子をこう振り返っている。「彼は質素にフードつきのグレーのジャケットを着てみんなと進んでいました。ご冥福をお祈りします。とてもいい人でした」。

 有名ブロガーで「ルーネットの父の一人」とも呼ばれているアントン・ノーシク氏は、こう記している。「名誉にも金銭にもインベスター・リレーションズにも浮かれることのない何処までも優しく温かく純粋な人でした」。

 

「何かをしたい思いが募った」 

 セガロヴィチ氏は、かつてゴーリキーと呼ばれていたヴォルガ河畔のニジニ・ノヴゴロド(モスクワから東へ400キロメートルの都市)で地質学者の家庭に生まれ、幼年期は、父親が1960年代にソ連最大のクロム鉄鉱産地を発見したカザフスタンで過ごした。

 そして、カザフスタンの当時の主都アルマアタの共和国立物理数学学校で、アルカジー・ヴォロジ氏と出逢う。

 学校卒業後、二人はしばし別々の道を歩み、セガロヴィチ氏は、モスクワ地質探査大学の地球物理学部へ進んだのち、鉱物原料研究所に勤めていた。

 セガロヴィチ氏は、開発者を対象とした或るフォーラムで自身の経歴にこう記した。「1990年頃からもっと何かをしたいという想いが募った」。

 そこで、ヴォロジ氏と企業家のアルカジー・ボルコフスキー氏の会社で働くようになる。セガロヴィチ氏は、こう回想している。「私は彼らのところでアルバイトを始めたのですが、だんだん厚かましくなってすべてを仕切るようになり、主だった開発者の仲間入りを果たしたのでした」。

 

ヤンデックス誕生 

 1993年、セガロヴィチ氏の言う「末端ユーザー用高速インジケーター『ヤンデックス』」の構想が生まれた。当時はまだローカルな検索エンジンであったプログラムの最初のヴァージョンは、その年の秋に現れ、2年後、セガロヴィチ氏とヴォロジ氏は、インターネット用の検索エンジンを創ることにし、1997年、それが世に出る。

 「ヤンデックス」社は、セガロヴィチ氏とヴォロジ氏によって2000年に設立されるが、このブランド名の生みの親は、セガロヴィチ氏で、彼は、「ヤー(私)」と「インデックス」をくっつけたのだった。

 セガロヴィチ氏は、2012年9月のインターネット・マガジン「スノッブ」へのインタヴューでこう語った。「『ヤンデックス』に私はのめり込みました。私たちは、世界の会社を創るというきわめて困難で野心的な課題を掲げています」。

 同氏は、自らの目標を達成し、2011年、ヤンデックスは、80億ドルを超えるキャピタリゼーションでIPOに首尾よく参入し、2013年までに、セガロヴィチ氏は、同社の技術責任者となり、資本の2,5%および6,87%の議決権比率を保有し、取締役の一人となった。

 

慈善団体「マリアの子どもたち」を設立 

 「もっと何かをしたい」という想いは、職業面での探求や成果にとどまることなく、1993年、セガロヴィチ氏は、孤児や養育院の卒業生が創作を通して社会的および心理的なリハビリを果たすのを助けるために、妻マリヤと慈善団体「マリアの子どもたち」を設立する。

 7月16日にセガロヴィチ氏が自身のフェイスブックのページに綴った最後のメッセージは、まさにこのプロジェクトについてのもので、キリンが描かれた布を広げて笑みを浮かべる10人の若者の写真の横には、こう記されていた。「きょうマリアの子どもたちはすばらしい捧げものをしてくれました。このキリンのみごとなこと」。

 

「ハリポタの逆転時計を発明したい」 

 セガロヴィチ氏は、「スノッブ」への前述のインタヴューで、何を発明したいですかとの問いにこう答えている。

「『ハリー・ポッター』のハーマイオニー・グレンジャーが持っているようなタイムターナー(逆転時計)でしょうか。ちなみに、私は、この物語の全七巻を訳して、自分の子どもたちに読んで聞かせました。一つ振ると選挙制度が始動して二つ振ると養育院のすべての孤児が家庭に引き取られるような魔法の杖、そんな奇跡のようなものがほしいのです。こんな発明ができるなら、私はいくらでも代価を払います」。