「日本人はロシア・チョコが好き」

松原斉氏=ナタリア・ピエトゥラ撮影/ロシースカヤ・ガゼタ

松原斉氏=ナタリア・ピエトゥラ撮影/ロシースカヤ・ガゼタ

自動車製造や有用鉱物採掘の分野で、日本とロシアの大型プロジェクトが動くなか、より小規模で目立たない分野でも提携関係が活発化している。「サンクトペテルブルク日本センター」の松原斉所長を招いて、日本でロシア・チョコが好まれる理由や、中小企業のビジネス・パートナーの見つけ方などを聞いた

 -松原所長はソ連時代からロシアでお仕事をされていましたが、日系企業がロシアのパートナーと関係を築くことは、今では簡単になったのでしょうか。

  ソ連時代は大きな代表窓口機関を通じて取引関係を構築しなければなりませんでしたが、現在は個々に営業できるようになりました。外国の提携先探しに苦労していることがよくあります。直接渡りあえるような大手企業にとってはこれがプラスになりますが、中小企業の場合は外国で展開するために、当センターが行っているような支援を必要とします。これはビジネス・マッチングと呼ばれますが、新市場を目指す日露両国の企業をデータベース化しています。通常こういったものは、世界経済のトレンドを反映しないビジネスです。例えば、ある日本の会社はサンクトペテルブルクでナイフを、別の会社は外壁の保護材を販売したいと考え、他の会社は血圧データ自動収集システムを病院に導入したいと考えています。日本はロシアのチョコレートを、お土産などとして喜んで輸入しています。また、日本側はマリインスキー劇場新館の技術設備の入札にも関心を持っていますし、地下室や建物の屋上に設置可能な可動式野菜栽培所の建設プロジェクトもあります。

 

 -全般的なトレンドはどのようなものでしょうか。 

 ここ2年ほど、政治、産業、ハイテク分野を中心に、日本とロシアのお互いへの関心が強まっていることが見てとれます。サハリンや東シベリアでは、エネルギー・プロジェクトが進んでいます。両国の昨年の貿易額は334億ドル(約3兆730億円)と、過去最高を記録しました。日本からロシアへの輸出額は126億ドル(約1兆1600億円)、ロシアから日本への輸入額は208億ドルで(約1兆9140億円)した。日本が輸入しているものは主に、ガス、石油、非鉄金属で、輸出しているものは完成品(自動車や設備など)です。日本からロシアへの大量消費財の輸出が伸び、医学、IT技術、省エネルギー技術分野の提携規模が広がっています。

 

 -御センターはこれらの分野で、ビジネスの発展に協力されているのですか。 

 日本センターは、ロシア連邦の市場経済への移行改革を支援する施設のひとつとして、1994年に日本外務省が創設しました。現在は、モスクワ、サンクトペテルブルク、ニジニ・ノヴゴロド、ウラジオストク、ハバロフスク、ユジノ・サハリンスクに合わせて6ヶ所あります。ビジネス・コンタクトの基盤となるだけでなく、日本語教室やビジネス・セミナーも行っています。ロシアで日本語学習の需要が高まっているか否かについては何とも言えませんが、当センターの倍率は3倍と厳しいものになっています。4クラスで140名の方が学ばれています。学生の方にお教えするのではなく、生活や仕事に日本のビジネスとの関連性がある方々のみを受け入れております。その他には、セミナーを行い、また日系企業の研修生候補を選抜しています。セミナーのテーマはロシア側と一緒に決めます。例えば昨年は、「廃棄物リサイクル」、「建設の省エネ技術」、「薬剤学」、「中小企業経営」、「旅行業」などでした。昨年は180名の方が10日間の日本研修を受けました。

 

 -提携があまり活発ではない分野はありますか。 

 旅行分野でやるべきことがまだまだたくさんあります。日本人はロシアの文化にとても興味をもっています。それを証明しているのが、「カラマーゾフの兄弟」などのドストエフスキーの長編小説に対する人気です。ここ10年で日本に住むロシアの方もとても増えました。東京では街や地下鉄で、ロシアの新聞や本を読んでいる人をしばしばお見かけします。また、日本とサンクトペテルブルクの間にも、あまり知られていない関係がたくさんあります。例えば、商人のグリゴリー・エリセエフの息子である、サンクトペテルブルク生まれのセルゲイ・エリセーエフは、有名な日本研究家でした。セルゲイは東京大学を優秀な成績で卒業し、日本で高等教育を受けた初めてのヨーロッパ人となり、その後ハーバード燕京研究所の所長に就任しました。セルゲイは今でも日本でしのばれ、その遺産が大切に守られています。

 

*元原稿