ロシアのチャンピオンが誕生するまで

来月ソチに来るアメリカ人選手の多くは寄付を募り、スポンサーを見つけ、選手自身も金銭的負担を負って大会にやってくる。一方、ロシア人は国が費用を負担している=タス通信撮影

来月ソチに来るアメリカ人選手の多くは寄付を募り、スポンサーを見つけ、選手自身も金銭的負担を負って大会にやってくる。一方、ロシア人は国が費用を負担している=タス通信撮影

一昔前のアスリートは、国の全面的な支援を受け管理されていたが、今現在ソチ五輪への準備をしているアスリートの多くは海外のコーチとトレーニングしたり、幅広い訓練方法を取り入れたりしている。

 イヴァン・ドラゴが1985年に銀幕に登場して以来、ロッキー・バルボアの冷血なライバル(幸い彼は実在しない)は、西側が持つロシア人選手のイメージに影響を与えた。 

 特に、彼のトレーニング方法(最新の技術とステロイドを使って殺伐な研究室で人工的な選手を作る)が人々の記憶に残った。多くの人は、ロシア人選手と聞くと、ドラゴの様なロボット人間か、アンナ・クルニコワのようなテニスコートの美女を思い起こす。 

 言うまでもなく、ロシア人はロボットではない。ロボットだとしたら私はモスクワでスポーツ記者をやっていない。しかし、確かにロシア人はアメリカやイギリスの選手とトレーニングの仕方が違う。オリンピックが間近になった今、その違いを見てみよう。

 

上からの選手養成 

 最大の違いは、国の関与の仕方だ。来月ソチに来るアメリカ人選手の多くは寄付を募り、スポンサーを見つけ、選手自身も金銭的負担を負って大会にやってくる。一方、ロシア人は国が費用を負担している。 

 ウラジーミル・プーチン大統領の理想の政府は「縦型権力」であり、多くのロシアのスポーツ(サッカー、ホッケーとテニス以外)はこの型に当てはまる。選手の上にはコーチがいて、コーチの上には連盟があり、連盟の上にはスポーツ省がある。資金は(アスリートが従順で成功した場合)上から下へと流れる。 

 資金調達のためのPRに奔走する必要がない分、ロシア人選手は海外のライバルよりコンディションが良い場合が多い。

 全てが上手く行った場合、成功は華々しい。ロシアがオリンピックで強いスポーツは新体操、フィギュアスケートやシンクロなどである。これらのスポーツを学ぶ子供達は英才教育を受け、10歳までに国が全額負担するトレーニングを受けるようになり、後に超一流の大学へ入学できる。

 多くの選手は4歳からスポーツを始める。以前記者会見でシンクロの国代表の一人が7歳でシンクロを始めたと認めた時、他のメンバーは「そんなに遅かったの?」と驚愕した。

 結果は明瞭だ。2000年以降、ロシアはシンクロと新体操の金メダルを毎回獲得し、常に新しいチャンピオンが育っている。フィギュアスケートでは、最近のオリンピック金メダル20個のうち12個はロシア勢が獲得している。

 

成果は目覚しいが… 

 この体制から育つのはイヴァン・ドラゴのクローンばかりではない。以心伝心の人間関係も生まれる。 

 ロシアの陸上で史上最も偉大な選手かもしれないエレーナ・イシンバエワは、自身のコーチを「第二の父」と呼ぶ。「話さなくても通じる事があります。ちょっとした一言や目だけで伝わります」。彼女は2012年にロシア通信のインタビューでこう答えた。 

 しかし、これには悪い面もある。

 コーチの権威の後ろ盾に国家があると、権力の濫用が起きやすい。 

 これが、ロシアのスポーツ界でドーピングのスキャンダルが多い理由であるだろう。コーチの一声で、国のエリート・スポーツ学校に在籍できるかどうかが決ま る場合、若い選手は与えられた「ビタミン剤」に何が入っているかを尋ねる事は稀である。しかも、エリート学校では競争が激しく、プレッシャーが半端ではな い。

 

孤立し強迫観念に陥る選手たち 

 このように隔離された環境にいると、強迫観念に陥りやすくなる。先述のシンクロの選手達は世界選手権で優勝して2週間しか経っていなかったが、そこら中で 自分たちを陥れようとしているのではないかと恐れていた。トレーニングを行なうプールへ行くバスが遅れただけで、世界選手権で金メダルを4つ獲得したス ヴェトラーナ・コレスニチェンコは「スペイン勢が我々にプレッシャーをかけている」と言った。

 ロシアの水泳選手達は、他国の選手と一切接触してはならないというルールがある。これは、(ドーピング薬剤など)禁止品目が選手達の摂取する「水や食べ物 に偶然混入しないためだ」とコレスニチェンコは熱く語った。こんなことは実際起こり得ないはずだが、隔離された環境で育った選手達は、やがて自ら周りと の交流を遮断することもある。

 アメリカについて、コレスニチェンコは「もう何年もシンクロを(オリンピックの競技から)外そうとしている」と言った。このような事をアメリカが試みた事は一切ない。

 シンクロは、ロシアのシステムの典型例であり、最も成功し、規律が厳しく、隔離されたものであり、ソビエト式とも言える。しかし、変化の兆候も見られる。

 

スポーツのグローバル化の波 

 アルペンスキーや自転車競技など、ロシアの選手養成システムの効果がないスポーツもあった。2010年冬季オリンピックでの記録的なメダルの少なさは、変化の必要性を感じさせた。

 その結果、海外のコーチを多く迎え入れるようになり、柔道、スノーボードやカーリングなど、様々なスポーツに力を入れ、選手を育てた。新しい人材は新しいアイディアや、より開かれた雰囲気をもたらし、莫大な国の資金を後ろ盾に、ソチで優勝できる選手を数多く育て上げた。

 イヴァン・ドラゴのステロイドなど、時代遅れだ。今のロシアと西側の新しい融合こそ、勝利への道筋かもしれない。

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