チェスとボクシングが一つになる瞬間

超ヘビー級チャンピオンでクラスノヤルスクっ子のニコライ・サジン=キリル・カルリニコフ撮影 / ロシア通信

超ヘビー級チャンピオンでクラスノヤルスクっ子のニコライ・サジン=キリル・カルリニコフ撮影 / ロシア通信

チェス・ボクシングの世界選手権がモスクワで行われた。1ラウンドの3分が終わると、そのままリング上でチェスを始め、その後またボクシングのグローブを着用する。ボクシングとチェスのどちらもこなす文武両道の強者たちを見つめた。

 会場の入り口付近では、大勢の人が寒さに身をすくめながら立っている。高級な毛皮を着た女性とその連れ、筋骨隆隆の男たちばかりだ。入り口のポスターに は、どう猛な風貌の男、ボクシングのグローブ、チェス盤が写っている。「チェス・ボクシング世界選手権」という文字が、多くを語っている。カーリー・ヘア の女の子は、モスクワでさまざまな娯楽を見てきたようだが、知らない世界もまだまだたくさんあるようだ。「おもしろい!ボクシングとチェスを一緒にするなんて考えられない。ボクサーって頭を完全に叩きのめされてると思うんだけど」

 

オランダで生まれたチェス・ボクシング 

 オランダ人芸術家のイップ・ルービングの主導でチェス・ボクシングが始まったのは2003年だが、まだエキゾチックな競技ととらえられている。

 チェス・ボクシングの愛好家は、リング上でひとしきり殴り合ってから、そのままリングで一休みし、頭を整え、チェスを始める。それから、またグローブをはめ・・・という具合にくり返していく。試合はチェス6ラウンドとボクシング5ラウンドの最大11ラウンド。1ラウンドは3分。試合中は同じ局に戻らなければならない。また判断力も求められる。1秒たりとも無駄にできないチェスで、 素早く多様な判断をしなければならない。時間がかかりすぎてしまうと、レフェリーから警告がある。

 刻一刻と変わる状況が、チェス・ボクシングの魅力でもある。厳しいボクシングのラウンドが終わると、選手は呼吸を整えたいとしか思わないため、チェスの 駒は一般的なコースを進まない。レフェリーは選手が逸脱しないように、注意している。本物のグランドマスターたちは、このようなゲームに眉をひそめるだろうが、その他の人たちは大喜びだ。しっかりと戦えた選手は、世界でもっとも強く、賢いと言われるようになる。

 

ロシア人向き? 

 ルービングは世界選手権の初のチャンピオンだったが、今やしゃれた黒いスーツに細いネクタイをした、ひげ面の男になっている。ロシアはチェス・ボクシングに多大なる関心を寄せていると、ルービングは何度も話している。「ロシア人の血の中にボクシングとチェスがある。どちらの競技においてもロシア人のチャンピオンは多い」

 ロシア人が関心を持っているのは、考えることとケンカが好きだからというだけではないだろう。他のどの新しいスポーツでもそうであるように、チェス・ボクシングもスポンサーを必要としている。選手には現在、3000ドル(約30万円)以下の謝礼金と交通費が支払われるのみ。モスクワの大会はプロへの登竜門なのだ。イベントのチケットが1500~1万8000ルーブル(約4500~5万4000円)であることを考えれば、客席で投資家を見つけられる可能性は高い。

 

ロシアの不動産屋vsイタリアの生物学博士 

 超ヘビー級チャンピオンでクラスノヤルスクっ子のニコライ・サジンは普段、不動産仲介業者である。体重100キロの巨漢だ。子供時代からチェスが大好きで、ボクシングを始めたのは14歳の時。これらをかけあわせたスポーツが誕生したと知ると、国際チェス・ボクシング連盟に、当時最強だったフランク・シュトルトの対戦候補を願いでた。2008年夏、初めてチャンピオンになる。

 今大会でサジンの対戦相手になったのは、ジャンルカ・シルチ。イタリア・マフィアとのコネクションがあるかのような風貌だが、実際には生物学博士で、平和的な人物だ。

 サジンは対戦後、相手を“ボコボコにする”のは気が引けたので、最初からチェスに集中するつもりだった、と言った。観客はサジンの戦術をすぐに理解した。サジンが駒を動かすと、イタリア人には「降参しろ」との声。それでもシルチが降参するのは、9ラウンド目。その後リングの上に鳴り響くのは、ロシアの詩人セルゲイ・エセーニンの「再び飲んで、ここで殴り合い、泣いている」の部分の歌。この歌が流れる中、サジンは試合を終えた。

 文武両道の人間がいることを再び証明したサジンと握手をしようと、大勢集まってくる。試合が終わるのを待っていた彼女は、離れた場所でじっと立っている。この瞬間、リングでサジンを見た人々の頭の中では、チェスとボクシングが完全に一体化したのではないかと感じる。ウラジーミル・クリチコをテレビで見ながら、チェスをする姿を想像するに違いない。

 

元記事(露語)

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