すったもんだの新体操キエフ大会

15歳のクドリャフツェワがプレッシャーに打ち勝ち、個人総合で金メダルを獲得した =グレブ・ガラニチ / ロイター通信撮影

15歳のクドリャフツェワがプレッシャーに打ち勝ち、個人総合で金メダルを獲得した =グレブ・ガラニチ / ロイター通信撮影

第32回世界新体操キエフ大会は、ロシアのチームにとって決して楽な大会ではなかった。トップ選手はミスで勝利を逃した。それでも15歳のヤナ・クドリャフツェワは、世界史上最年少チャンピオンになることができた。

 ウクライナの首都で行われた今年の大会の結果を見ると、ロシアのチームは他を寄せつけず、例年とそれほど変わらない印象を受ける。各国が個人および団体でリボン、フープ、こん棒、ボールのメダルを狙い、ロシアは個人、団体合わせて金メダル6個、銀メダル2個、銅メダル2個を獲得。2位はウクライナ(1-2-2)とベラルーシ(1-1-3)。

 実際には目立たないところで大きな変化も起こっていた。これまで上位にランクインしたことのない中国と韓国の選手が、世界的な大会で個人総合の4位と5位だったことだけでもそれは明らかだ。

 だがこの大会には、さまざまな問題がつきまとった。まずロシアの審査員10人強を含む、国際レベルの審査員50人以上が解任された影響を、今大会が受けていた。国際体操連盟は今夏、審査員の評価の結果から、これらの審査員の買収を疑い始めたのだ。

 疑惑はとりあえず晴れたようだが、実績不十分な新しい審査員集団には、ロシア人がほとんどいなかった。例えば第1カテゴリーの審査員12人のうち、ロシア人は1人だけ。ウクライナ、ギリシャ、ドイツからは各2人ずつ。さらに今大会の個人4種目には、ロシア人審査員がまったく加わらなかった。

 これにより、ウクライナ人のアンナ・リザトジノワがフープで優勝したことを、地元大会でプレゼントをもらったにすぎないと揶揄する、ロシアの専門家や元選手まで現れる始末。ウクライナのチームは一方で、この結果を完全な実力だと考えている。

 だがこのような状況は予測可能だった。2度のオリンピックで金メダルを獲得したエフゲニヤ・カナエワ(ちなみにロシアのアイスホッケーのイーゴリ・ムサトフ選手と結婚し、今は出産を控えている)のいないロシア代表には、才能はあれど経験の乏しい選手が多く、他の代表チームに大きな希望を与えることになったからだ。ロシア代表のイリーナ・ヴィネル主任コーチは大会前のどの取材にも、自信を持ってのぞめるよう、ロシアの選手は他の選手の頭一つではなく、頭二つ、三つ秀でていなければいけないとくり返していた。

 ウクライナとロシアの選手は、フープのプログラムで小数点以下の点数を争うことになった。フープこそ3位に終わったものの、マルガリータ・マムンはボール種目で1位だったし、ヤナ・クドリャフツェワはフープで2位だったが、会見場には現れなかった。負けることに慣れていないのだ。

 リザトジノワが表彰台に上がった時には、ウクライナの国歌ではなく、ロシアの国歌が流れるというハプニングもあった。クドリャフツェワの演技中に音楽が止まるというハプニングや、大会会場のマットの上でロシアが団体の練習を十分にできなかったという問題もあったが、この国歌はロシアへの思わぬプレゼントとなった・・・

 15歳のクドリャフツェワがプレッシャーに打ち勝ち、個人総合で金メダルを獲得したものの(ロシア・チームのトップ選手としてキエフ入りした19歳のマムンは、総合のすべての種目で思い通りの演技ができず、五輪用プログラムで6位に終わった)、ロシア団体代表の将来はいささか不安が残る。

 五輪の金メダリストが3人いる代表は、ボール3個とリボン2本では金メダルを獲得し、総合で1個の銅メダルを獲得したが、こん棒10本は5位に終わった。ロシアの新体操のファンを動揺させた選手の不安定さは、再び表に現れた。ヴィネル主任コーチは、これが審査員の変更によるものでも、ウクライナとロシアの因縁の対決のせいでもないことを認めざるを得なかった。

 団体総合で銅メダルを獲得した後でこう述べた。「負けることはいつもとても大切だと思う。これが世界大会で起こったことは残念だけれど、五輪後の初の世界選手権だから、良い勉強になるはず。3人の五輪の金メダリストがチームにいたけれど、自分たちがやる気になればいつでも勝てると過信していたよう。でも表彰台に立てなかったら、最初からやり直さなければならない」。

 アリーナ・カバエワの記録を塗り替え、世界最年少のチャンピオンになったクドリャフツェワについては、決して偶然でこうなったわけではないと、チャシナやカナエワのコーチだったヴェーラ・シュテリバウムスは考える。

 「ヤナはよくやった。しっかりと構えてすべてをうまくこなした。クドリャフツェワがカナエワやカバエワに代わるかということについては、十分あり得ると思う。運動の協調も良いし、データも良い。この質をすべて維持して成長していくことを願っているし、そうなれば2016年五輪で活躍できる。その時は18歳という適齢期。ただそのためには、これまで通りに真剣に練習していかなければならない。勝利の波頭に居続けることを願う」。