球技ラクロスが巷で静かなブーム

北米インディアンの伝統球技で、ヨーロッパ人によって現代のスポーツ競技に変えられたラクロスは、まだロシア国内ではほとんど広まっていないものの、ファンは毎年確実に増えている。

 

ロシアでラクロスが始まったのは、アメリカ人のデビッド・ディアモノンさんがモスクワに来た2007年だ。「ヒューストンの学校で学んでいた時にこのスポーツ競技を知った。その頃テキサスでこの競技がすごく発展していたんだ。学校を卒業してラクロスもやめたけど、7年後にふと思い出してまた始めるようになり、ヒューストンでチームを教えるようになった。仕事でロシアに派遣されたから、その機会を利用してモスクワでチームをつくった」と、ディアモノンさんはRFスポーツ紙に話している。

 

2チームでロシア選手権 

このおかげで、現在「モスクワ・レベルズ」と「サンクトペテルブルク・ホワイト・ナイツ」の、2つのラクロスのチームがロシアに存在している。両チームは年に2回対戦し、その結果でどちらかがロシアのチャンピオンとなる。

ディアモノンさんによると、モスクワでラクロスをやっている人は40~50人ほどいて、うち20人が定期的にプレーしているという。アメリカ人とロシア人に限らず、さまざまな国の人が参加しており、日本人も2人いる。

ラクロスとは

ラクロスはもともと、北米の先住民が、宗教的儀式として行ったり、部族間の争いの平和的解決に用いていた。クロスという網付きのスティックで、ゴム製のボールを奪い合い、相手の陣地のゴールに入れる。

北米先住民が行っていたラクロスは壮大極まりないもので、数ヶ月かけて入念に準備して試合に臨み、試合前には徹夜で戦勝祈願の踊りを舞った。各チームは、1千人を超える場合もあり、ゴール間の距離は、短くても約500メートル、長いときには10キロ近いという、ほとんど軍隊の演習のような規模だった。

世界には現在、ヨーロッパ、ニュージーランド、日本、韓国など、30ヶ国以上の連盟が活動しているが、中心となっているのはやはり、もともと本場のアメリカとカナダだ。

ラクロスのファンで競技者の一人であるアンナ・ミヘエワさんによると、参加者の年齢は19歳から25歳が中心だが、下は13歳から上は45歳まで、幅広い層が参加している。また、ラクロスを始めるきっかけは、友人・知人の紹介が多いが、中には他の理由で参加するようになった人もいるという。「例えば私の彼氏は、映画『アメリカン・パイ』でラクロスのプレーを見て、とても気に入って始めることにしたの」とミヘエワさん。

 

「攻撃的なところが魅力」 

アレクセイ・チェルヌィショフさんは、昨年6月にラクロスを始めた。「ゴーリー(ゴールキーパー)をやっている。ロシアで一般的なスポーツよりも、ラクロスは攻撃的なところが気に入ってる。ホッケーとアメリカン・フットボールの間のようなスポーツで、こういったのはロシアにない」。

ウクライナに転勤になったディアモノンさんに代わって、1月から「モスクワ・レベルズ」を率いているエフゲニー・アルヒポフさんも、同様の意見だ。アルヒポフさんは長年アメリカで暮らし、ラクロス歴はすでに14年にもなる。現在はロシアの語学学校で教鞭を取りながら、プレーを楽しむ。「自分の好きなスポーツ競技をかけ合わせたような感じ。サッカーのフィールド、バスケットボールの動き、ホッケーのスティック、アメリカン・フットボールのぶつかりあい。バスケットボールは慎重にプレーしなければいけないから、好きになれなかった。これは激しいんだ」。

ロシアは2011年、国際ラクロス連盟に加盟した。アメリカのコロラド州デンバー市で2014年に行われる、ラクロスW杯への参加も目指す予定だ。 

 

正式種目に認定されることが当面の目標 

ただ、ロシアでラクロス人気が高まってきていても、スポーツの正式種目として認められることをはじめとして、多くの課題がまだ立ちはだかっている。ロシアにはラクロスの普及活動を行う、正式な組織もない。

「正式な連盟がないため、ロシアではスポーツとして認められていない。これは実現させる必要があり、それを試みた人もいたが、うまくいかなかった。単なる愛好家としか見なされないため、スポンサー探しの障害にもなる」とアルヒポフさん。

それでもディアモノンさんやアルヒポフさんからは、ロシアでラクロスが今後発展し続けるという自信がうかがえる。このスポーツは国際交流だからだ。