ロシアの傑作テレム建築13選

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 写真家のマリヤ・サーヴィナは「ロシアのテレム」と題するプロジェクトで国内をくまなく探索し、木造建築の数多の傑作を写真に収めた。

 奇抜なシルエット、豪華な木彫装飾、庇付きの屋根。ロシアのおとぎ話に出てくる宮殿のような建築が、テレム(御殿の意)である。その大半は、ロシア様式が流行した19~20世紀の境目頃の建築だ。裕福な工場主や商人たち(成り上がった農民階級の出身というパターンが多い)が別荘として建てたケースが多い。

 1878年のパリ万国博覧会にて、建築家のイワン・ロペットが建てたロシア帝国のパビリオンは木造のテレム宮殿風で、ロシアのイメージを定着させた。

 コストロマ州を旅行していた写真家のマリヤ・サーヴィナは、こうしたテレムに出会った。深い感銘を受けた彼女はその後、2年間にわたってロシア中で同様のテレム建築を探し求め、際立った建築を膨大な写真に収めた。こうして、『ロシアのテレム』と題されたプロジェクトは書籍化された(第1巻には中央ロシアと沿ヴォルガ地方の最も美しい木造建築が収録され、2024年にエクスモ社から発売された)。

1. アスタショヴォのテレム。コストロマ州、チュフロム地区

 ロシアで最も有名なテレムかもしれない。1897年、現地の農民マルティヤン・サゾノフがイワン・ロペットのスケッチをもとに建てた。2010年代、半壊状態になっていたものを篤志家たちが修復し、ロシア様式のホテルとして生まれ変わった。

2. アブラムツェヴォのロペット作のバーニャ、モスクワ州

 大実業家サーヴァ・マモントフのモスクワ郊外の別邸は、今でいうアーティスト・イン・レジデンスに近い。この地で、ヴァスネツォフ兄弟やイリヤ・レーピンなど、著名な芸術家たちが制作に勤しみ、ロシア様式が練り上げられていった。テレムの魅力を世界に示したイワン・ロペットは、別邸用におとぎ話のようなバーニャを建てた。

3. モスクワ、ヴィクトル・ヴァスネツォフのテレム

 歌手のフョードル・シャリアピンは、ヴィクトル・ヴァスネツォフの家を評して、「近代的な農家と、古の貴族のテレムの中間のようだ」と賞賛した。耽美的なヴァスネツォフの画風は、ロシア様式の美学の成立に大きく寄与した。そうしたスタイルでヴァスネツォフは1894に自宅を建てた。現在は、彼の博物館となっている。

4. ヴォロダルスクのブグロフの別荘、ニジニ・ノヴゴロド

 製粉業を代々営んできた商人ニコライ・ブグロフはその影響力の大きさから、「ニジニ・ノヴゴロドの無冠の王」と称された。誰が彼のテレムを建築したかは、分かっていない。このテレムを訪れた客の中には、ロシア帝国のセルゲイ・ヴィッテ大蔵大臣もいた。1896年の大規模な全ロシア産業工芸博覧会を、モスクワではなくニジニ・ノヴゴロドで開催するようヴィッテに献策したのは、外ならぬブグロフとされる。

5. クレバキのテレム、ニジニ・ノヴゴロド

 このテレムは、クレバキ市という小さな街のシンボルで、市章にもデザインされている。19世紀末、クレバキ鉱山工場付属の娯楽場として建設され、労働者や現地の人々の余暇に使用された。

6. バフテエフの家、タタルスタン

 スタロ・タタルスコエ集落地区には、ピンク色という驚きのテレムがある。1903~1906年頃の建築で、小間物を扱う商人サファ・バフテエフの所有物だった。大火に遭い、現在の姿は修復後のもの。タタルスタンのテレムは、しばしばロシア様式の中にタタールの伝統的な装飾が混ざっているのが特徴だ。

7. ヴラジーミル州の、人魚の家

 ゴロホヴェツ市の名誉市民フョードル・プリシュレツォフの家は、ロシア様式に西側のモダニズムが融合した好例だ。奇抜な外観に加え、多様な窓枠の化粧材に人魚やライオンなどが描かれているのが、この家の最大の特徴だ。なお、現在は普通に住宅として使われている。

8. 商人ゴルデエフの家、ルィビンスク、ヤロスラヴリ州

 テレムというより、木造宮殿である。窓枠の化粧材はロシア・バロック様式。所有者のセミョン・ゴルデエフは、パンと不動産の売買で財を成した。1905年に死去した後は賃貸住宅となり、ソ連時代にはコムナルカ(公共住宅)として利用された。現在も住宅として使われており、主に修復や保全に従事したアーティストたちが住んでいる。

9. リャザンの貴族会館の夏用邸

 このレース編みのようなテレムは1905年、リャザンのニジニー市立公園に建設された。建設された土地は、かつて、現地の富豪ガヴリル・リューミンが所有していた。現地の貴族会議の夏用クラブとして、現地の貴族たちが資金を出し合って建設された。

10. セルゲイ・マリューチンのテレム、フリョーノフ、スモレンスク州

 物語世界から出てきたようなこのテレムは、木彫の窓やズメイ・ゴルィヌチ(ロシア民話に登場する巨大なドラゴン)を象ったブラケット、絵付けが施されたタイルに覆われた暖炉が特徴的。19~20世紀にかけて、画家でロシアの装飾デザインの専門家であったセルゲイ・マリューチンが設計した。レンガの土台は「ニワトリの脚」状に積み上げられており、おとぎ話のバーバ・ヤガーの「鶏の脚の上に立つ小屋」を模しているかのようだ。

 この建物を発注したのは、ロシア芸術を愛しアーティストたちのパトロンだったマリヤ・テニシェワ。スモレンスクにある彼女の屋敷に、マリューチンはロシア様式の建築群を建てている。

11. ガリチのカリーキン屋敷、コストラマ州

 1911年に建設されたテレムで、皮革加工業を営む農民の一族アレクサンドル・カリーキンの所有だった。ロシア様式と、当時流行しつつあったモダニズムの融合が見られる。見どころは植物文様と、屋根のトサカ状の装飾だろう(同様のものは、モスクワのヤロスラヴリ駅にもある)。

12. ペンザ郊外アフーヌィのテレム群

 19世紀末頃から、ペンザ郊外の風光明媚な土地アフーヌィに裕福な商人や木材業者、役人や工場主らが暮らすようになった。彼らはロシア様式のテレムをいくつか建設した。

 良い状態で現在まで残ったのは3棟で、商人オセトロフ、ジュラヴリョフ、アシャーニンらの家である。いずれの建築様式と装飾も共通点が多く、石造りの基礎、中二階、オープンテラスを持ち、窓枠の装飾の絵柄も似ている。現在はサナトリウムの敷地内にある。

13. キムリのルジン家、トヴェリ州

 サンクトペテルブルク相手にパンを商っていたルジン家が所有したキムリ市のテレムは、革命前からその奇抜で風変りなスタイルで知られていた。トヴェリ県の風景を描いた絵葉書にも登場したほどである。

 商人ルジンは雑誌に掲載されていた、ガッチナのペッシチャンカ邸(現在は失われている)の写真を見て、その舷窓に似た大きな窓に魅了され、建築の着想を得た。現在、この建物は靴店となっている。

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