大成功作となったロシア製ドラマ『The Boy's Word: Blood On The Asphalt』をお薦めする5つの理由

カルチャー
ニコライ・コルナツキー
 ドラマ『The Boy's Word: Blood on the Asphalt』ほど、瞬く間に誰もが認める大成功作となったロシア製ドラマは、恐らく他に無いだろう。社会現象となったドラマの視聴を強くお薦めする5つの理由がこちら。

 『The Boy's Word』の最初の数話は2023年11月に公開され、今ではロシア中の話題となっている。ペレストロイカ期の若者ギャング団の物語は、批評家も聴衆をも魅了した。作中のシーンはTikTokで広まり、サントラは世界的なチャート入りし、作中の言葉も人口に膾炙していった。すっかり死語になっていた、グループ外の男を意味する「チュシパン」という語も、幸いにも皮肉な意味合いを込めてだが、復活した。

 それでは、『The Boy's Word』をお薦めする5つの理由を述べていこう。

1. ドラマはソ連末期、若者ギャング団が急拡大した「カザン現象」を題材としている

 1980年代末、大人が自分たちの仕事で忙しくしている合間に、若者は集団化して抗争を繰り広げていた。町の各地区がそれぞれのグループの領分とされ、「領土」を守りつつ、頻繁に近隣を攻撃していた。

 ストリートの掟は極めて単純である。グループの構成員なら、「パツァン」(尊重すべき相手)。よそのグループのパツァンなら、敬いつつも軽蔑しなければいけない。グループに属していない相手は「チュシパン」であり、何をしても良い。殴ろうが欺こうが、金を巻き上げようが、自由だ。パツァンは、チュシパンと交わした約束を守る必要は無い。守る必要があるのは、パツァン同士の約束だけだ。

 こうした集団は、ソ連全土に出現した。しかしどういうわけか、この現象が最も大規模に発生したのが、タタール自治ソビエト社会主義共和国の首都、ヴォルガ川のほとりの百万都市カザンだった。ドラマの舞台も、当時のカザンである。

 主人公の男子生徒アンドレイ(新人俳優のレオン・ケムスタチ)は、同世代の暴力にさらされたため、グループに庇護を求める。しかし、庇護者であるはずの新たな友人たちは、新たな悩みのタネでもあった。

 ストーリーは、同名のベストセラーに基づいている。自身も若い頃にギャング集団の構成員だった作家のロベルト・ガラーエフによるノンフィクションで、「カザン現象」に関する資料を長年集めた集大成である。 

2. 『The Boy's Word』は、ペレストロイカの時代を舞台にした、近年ではほぼ唯一といえるドラマ。もう1つの話題作は、米英合作の『チェルノブイリ』(2019年)。 

 ロシアではソ連時代を舞台にした作品が多く制作されているが、1980年代末が舞台となったものは少ない。『The Boy's Word』はその空隙を埋め、ソ連末期の社会の情景を見せつけた。ギャング団を構成する少年らとともに、コムソモール青年団からアフガン戦争の従軍者、あるいはストリートギャングをマフィア的な組織に成長させようと目論む少年院帰りの新人泥棒など、幅広い若者の世界を描写している。

 もちろん、作中には大人も登場する。見慣れた世界が変貌し、子供たちがポスターに描かれるような模範的ピオネール少年からは程遠い若者になっていく様に絶望する親たち。教師たちは問題に目をつむるか、綱紀粛正を試みる。そして警察も対立を抱えている。彼らの一部は若者集団に理解を示し、模範を示すことで再教育を考えている。別の者たちは集団を未来の刑事犯とみなし、若年であることを考慮する必要は無いと考える。

 若者以外にも、時代を象徴する要素が多く見られる。生徒たちは制服を着用し、ビデオサロン(テレビとビデオデッキの前に椅子が並ぶだけの、急ごしらえの「映画館」)が開業し、レストランではインディーズロックバンドが演奏している。

3. 暗いテーマと悲劇的な出来事を基にしつつも、ドラマは視聴者の感情を巧みに操り、時に笑わせる。それもそのはず、監督はロシアトップレベルのコメディ監督なのだ。

 監督のジョーラ・クルィジョヴニコフ(これはペンネームで、本名はアンドレイ・ペルシン)は丁度10年前、コメディ映画『Kiss Them All!』(『Горько!』)でロシア映画界に参入した。同じ日に2回の結婚式(自分たち用と親族向け)をこなす羽目になった新婚夫婦が主人公のモキュメンタリーで、興行的にも大きな成功を収めた。ただちに続編が撮影され、リメイク版(2018年にメキシコで制作された『Hasta que la boda nos separe』)も制作され、インスパイアされた他の祝宴モノが次々に登場した。クルィジョヴニコフがこれまで制作した映画は5本で、全てコメディ。いずれも興行成績は抜群だった。

 一方ドラマでは、クルィジョヴニコフはシリアスな作品を手掛けることが多く、難しいテーマにも挑んでいる。ドラマシリーズとしてのデビュー作となった『Call DiCaprio!』(『Звоните ДиКаприо!』)は、順調なキャリアの真っただ中にエイズ感染を知る俳優が主人公。しかしそんな作品でも、ユーモア要素は多い。ジャンプ・カット(同じ角度のショットを繋げて編集する手法)を多用したユーモア演出がクルィジョヴニコフ作品の特徴だ。ビフォー・アフターを比較していくような演出がコメディチックな効果を出す。

 また、サウンドトラックを巧みに利用しているのも見逃せない(彼の作品のうち2つはミュージカル劇)。クルィジョヴニコフ作品には必ずミュージックシーンがあり、その多くはコメディチックだが、悲劇的なものもある。『The Boy's Word』では、そうした手法も磨き抜かれた。同シリーズは全8話にわたって恐怖をかき立てつつ、笑わせる場面もあり、常に緊張が続き、登場人物と共感性羞恥を味わい、感情移入させる。

4. ラスト2話は公開前にネット上に流出。スタッフは急遽、撮り直しを敢行! 

 物語がラストを迎える2週間前、第7話と第8話の未完成バージョンがネット上に流出した。これに対し、制作サイドは直ちに両話を撮り直して、予定通りの期日に公開。さらに、物語の結末も当初案とは大きく異なるものになった。人気シリーズに2通りの結末が存在するという、稀有な事例となった。しかも、その両方ともが同等に正当なのである。従って、推しキャラの運命について、ファンはそれぞれ自分の好きな方のバージョンを選べる。もっとも、海賊版の視聴を是とするならば、だが。 

5. このドラマシリーズを禁止しようという動きもあったが、結果的には『イカゲーム』を超える人気となった 

 ドラマの撮影プロジェクトが立ち上がった当初から、反社会的行為の美化に繋がるとして社会活動家の間で批判が上がった。しかし、裁定は視聴者が下した。全ロシア世論調査センターの調査によると、『The Boy's Word』を視聴したロシア国民の大半(82%)は何ら有害な要素は無かったと回答し、禁止に反対した。

 世論調査によると、ロシア国民の6分の1がすでに本作を視聴しており、作品について「聞いたことがある」と答えた人は83%。

 『The Boy's word』はWinkとStartという2つのストリーミングサービスで放映されたが、こうしたプラットフォームは通常、再生回数をあまり公表しない。しかし、Index Kinopoisk proといったサービスは視聴者のオンライン上のアクティビティからその関心をデータ化しており、絶大な人気を観測できる。『The Boy's Word』は公開から1か月で、Netflixで放送されていた『イカゲーム』の記録を2.5倍も上回ってランキングを塗り替えた。

 反響のすさまじさは、TikiTokを見れば一目瞭然である。ハッシュタグ#Слово пацана (The Boy's Word) のついた動画は、合計再生回数が103億回にまで達している。

 シリーズ内で使用されているバンド『Aigel』の曲『Piyala』(歌詞はタタール語)は、Shazamの世界的なチャートで一気に上位に躍り出た。フィギュアスケートのロシア選手権では、五輪金メダリストのカミラ・ワリエワがこの曲で演技した。

 出演した俳優ヤロスラフ・モギリニコフ(エララシュ役)は、アメリカのラッパー、カニエ・ウエストがロシアのデザイナーゴーシャ・ルブチンスキーと共同で展開するブランドの広告を飾ることになった。

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