2009年、作家のリー・バーデュゴは19世紀帝政ロシアの芸術、文化、政治をもとにしたティーン向けファンタジー小説を発表した。リー・バーデュゴが創造した選ばれし主人公による正統派ファンタジーの物語は見事なものだが、その驚くべき世界はロシアに関する虚構のステレオタイプと、さまざまな時代から取ったロシア人の心に響くモチーフからできている。
1. 地名と登場人物の名前
ドラマ版の「ロシア帝国」はラヴカという国であり、そこには魔法を操る人々と、「拒まれた者たち(otkazniki)」と呼ばれる普通の人々が住んでいる(原作小説では、どういうわけか彼らに対して「otkazat’sya(拒否する・拒む)」という用語を使っているが、これは名詞ではなく動詞である)。ラヴカは、中国とモンゴルがモデルであろう隣国シュー・ハンとの数百年にわたる戦火の中にある。
ロシア人視聴者にとって、ドラマに登場する多くの地名が馴染み深いものであると同時に、思わず笑ってしまうものでもある。この世界には、ケルチ、ノヴォクリビルスク(ノヴォシビルスク市の名に似ている)、シベリア、ノヴィイ・ゼム(ノヴァヤ・ゼムリャ列島の名に似ている)などがあるのだ。だが、これらの地名はモデルとなった実際の場所とは何の関係もなく、作者はただ自身が気に入った言葉で地図を埋めるために使っているに過ぎない。
「ラヴカ語」はロシア語からインスピレーションを受けているが、リー・バーデュゴが実のところロシア語を知らないことは、ロシア語母語話者にとっては明らかだ。小説のロシア語翻訳者とドラマの吹き替え作成チームは、登場人物たちの名前と性の不一致を直すことに少なからず苦労した。男性の名字を持つ女性、またはその逆に女性の名字を持つ男性が頻繁に登場するのだ。
たとえば、ドラマの主人公である女性の名前は、原作小説ではアリナ・スタルコフ(女性なので正しくはスタルコワ)であり、強大な魔法師の一人はイリヤ・モロゾワ(男性なので正しくはモロゾフ)、主人公の女友達はジェニャ・サフィン(同様に正しくはサフィナ)など、思わず笑ってしまうような混乱が見られる。ドラマの主要な悪役であるキリガン将軍は、彼の名前がアレクサンドル・モロゾワだとわかったとき、その恐ろしくも謎めいた雰囲気がロシア人視聴者にとってはいくぶん失われてしまう。もっとも、キアヌ・リーブスがバーバ・ヤガーを演じた後となっては、大したことでもないのかもしれないが。
2. 色とりどりのカフタン、軍服、ロシアの毛皮
ドラマの主な登場人物と脇役たちは、軍服やカフタン(外套に似たダブルの男子用長袖上衣)をはじめ、基本的に何かしらロシア風の衣服を身につけている。
主人公のアリナは初登場時、第1軍(魔法を使えない一般兵で構成される)に製図兵として所属している。彼女の制服は羊皮の帽子と、フレンチと呼ばれる4個のアウトポケット付き詰襟軍服という組み合わせだ。この帽子は皇帝アレクサンドル3世によってロシア帝国軍のある種の軍人たちのために導入されたものであり、フレンチは第1次世界大戦時のものである。実際には、ロシア軍がフレンチを着用し始めた頃にはすでに羊皮の帽子は使われなくなっていた。
また、19世紀末から20世紀初頭にかけて女性がロシア軍に入隊することは事実上不可能だった。ひとりマリヤ・ボチカリョワを除いては例がない。マリヤは第1次世界大戦初期に予備大隊に入隊を希望したが、代わりに看護婦になるよう勧められた。しかし彼女は諦めず、ニコライ2世に嘆願し、特別に入隊の許可を得ることに成功した。皇帝の助力によりようやく軍の一員となったマリヤは、後にはその勇敢さからゲオルギー十字勲章を受勲し、3つのメダルを授与された。
魔法師たちで構成される第2軍は色とりどりのカフタンを着ている。カフタンの色と刺繍は、その人物がどんな魔法を有しているかによって異なる。帝政ロシアにおいてカフタンは数百年にわたりきわめて人気を集めたものだった。普段用のカフタンはドラマのようにラシャ織りであり、祝典用にはシルクやビロードが使われ、明るい色が人気だった。18世紀初頭のピョートル大帝の廷臣たちの間では、刺繍や金銀のモールや飾り紐でカフタンを飾ることが大流行し、臣下たちに散財させないため、ピョートル自ら規制令を発しなければならないほどだった。冬用のカフタンには、ドラマで見ることができるように、羊やその他の動物の毛皮の裏地が付けられていた。
3. 皇帝の一族
ラヴカを支配しているのは皇帝の一族だ。原作小説ではその皇帝の名はアレクサンドル3世だが、ドラマではピョートルに変更されている。このピョートルの息子のひとりはニコライと名付けられているので、ロシアの歴史を知る視聴者にとっては2ndシーズンでの後継者選びはサプライズとはならないだろう。皇帝役を演じた俳優は、巨漢だった実際のアレクサンドル3世によく似ている。当時の回想録によれば、アレクサンドル3世は軍靴にズボンの端を入れた姿で現れるのが好きだったようだ。
4. グリゴリー・ラスプーチンと「グリーシャ」の魔法
魔法を操る人々はドラマ内で「グリーシャ」と呼ばれる。この「種族」の名称は、ロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世一家の友人であった有名なグリゴリー・ラスプーチンから取ったものだ。
ラスプーチンがドラマに寄与したものは名前だけではなく、最も怪しい登場人物の一人であり、アプラトという名の皇帝の相談役である聖職者のモデルも提供している。1stシーズンでは彼の役割は定かではなかったが、皇帝とその宮廷に何かしらの影響力を持つことは明らかだった。
2ndシーズンで視聴者はこの人物についてのさらなる展開を見ることができるだろう。そして、皇帝一家の名誉を救うために謀殺されたグリゴリー・ラスプーチンの悲劇的な運命と比較することもできるはずだ。
4. ロシアの民話と伝説から
ティーン向けファンタジーの主人公らしく、アリナとその仲間たちはドラマのストーリーを通じて、リー・バーデュゴの世界で「増幅するもの(Amplifier)」と呼ばれる魔法の力を持つアーティファクトを探すことになる。これは神秘的な生き物の身体の一部、またはその生き物自体であり、魔法師たちの魔力を増幅することができるものだ。
3つのアーティファクトのうち2つは、そのままロシアの民話や伝説から取ったものだ。1つ目はルサリエという名の生き物の鱗である。リー・バーデュゴ版では、これは童話に登場する海竜であり、美しい女性を海の中へと誘惑する。
ロシアの伝説では、ルサールカは白いシャツを着た、長い髪の女性の姿をしている。野原や水辺や森に現れ、人間に害をなす精であり、人を死ぬまでくすぐったり、水に沈めたりする。鱗や魚のような尾はないので、ルサールカから何かしらのアーティファクトを手に入れることはできない。
アリナ・スタルコワが探すことになる2つ目のアーティファクトは、ラヴカ帝国の魂と言われる、炎の翼を持つ神秘的な火の鳥だ。スラヴ民話では、この鳥は金と銀の翼を持ち、まばゆい光を放つ。金のリンゴを食べ、人間に永遠の若さと美しさ、そして不死を与え、さらにその歌は病人を治してしまう。火の鳥を手に入れることは、ロシア民話の主人公にとって定番の課題だ。
2ndシーズンでドラマファンたちがまた別の帝政ロシアのモチーフを見ることになるのは間違いないが、ここではネタバレは控えたい。思わず笑ってしまうような作者の間違いも少なくないが、ドラマ「暗黒と神秘の骨」の世界には、見逃すことはできないスラヴの魅力が詰まっている。