ロシア文学の「嫌な奴」TOP7:最も不快なキャラクターは誰?

Vladimir Khotinenko/Non-stop Production, 2014
 親切で頭が良くて美しいキャラクターに惚れこむのはとても簡単なことだ。本当の課題は、邪悪で貪欲で破壊的に見える人々を理解し、受け入れることかもしれない。せめて彼らに戦いのチャンスを与えようではないか!​​

1. フョードル・ドストエフスキー『悪霊』のニコライ・スタヴローギン

連続ドラマ『悪霊』、2014年

 スタヴローギンは、人間の最も暗い側面を擬人化したものだ。たぶん、この小説の登場人物の誰もが、彼に苦しめられたり、誘惑されたり、侮辱されたり、憤慨させられたりと、何らかの形で被害に遭っているだろう。

 「私もスタヴローギンに顔を殴られた。…彼は美男子に見えるが、同時にどことなく嫌なところがあった。人々は、彼の顔がなんとなく仮面を思わせると言っていた」。作品の語り手は、主人公をこのように描く。

 ロシアの思想家ニコライ・ベルジャーエフは、スタヴローギンを世界文学の中で最も神秘的な登場人物だと考えた。

 「魅力的な悪魔」のイメージが、ドストエフスキーによって、いわく言い難い芸術性をもって生み出された。スタヴローギンは、並外れた精神と傷ついた魂をもつ。

 彼は、アンチヒーローであり、千の顔をもつ男であり、サイコパスであり、他人を操るマニピュレーターであり、途方もない女たらしだ。

 「…これは(私の意見では)、広範に見られる社会的タイプで、ロシア人の一典型だ。彼は、望まずして怠惰に陥った人間。かつて愛していたすべてのもの――とりわけ大事だった信仰――を失ってしまった人間だ。憂愁のせいで堕落したが、なお良心を失わない。更生して再び信仰をもちたいと必死にあがく…」

 ドストエフスキーは、スタヴローギンについてこう書いている。

2. ボリス・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』のヴィクトル・コマロフスキー

連続ドラマ『ドクトル・ジバゴ』、2005年

 コマロフスキーは、いわば悪の縮図だ。底なしに貪欲で罪深い。モスクワの富裕な弁護士である彼は、か弱い女性にとっては魅力的だ。この中年男にはいかなるタブーもない。「…自信ありげで、いかにもしっかりしており、傲岸」。彼の描写は、手袋みたいに、コマロフスキーにしっくりくる。

 まず彼は、ベルギーの技師の未亡人を誘惑し、次にその16歳の娘ラーラを犯す。無原則な男であるコマロフスキーは、自分の目的のためとあらば、周囲の人間をまるでカジノ・トークンみたいに使い捨てる。その人が「役割」を終えると、すぐさま捨て去ることができる。

 コマロフスキーは弁護士であるだけでなく、陰謀家・政治家でもあり、あらゆるものから自分の利益を吸い上げようとする。

  第一次世界大戦中、コマロフスキーはリベラル派の政治家と社会主義者の双方と良好な関係を保つ。利己的な出世主義者である彼は、自分の良心となれ合って、望む結果を得る。 

3. ミハイル・サルトィコフ=シチェドリン『ゴロヴリョフ家の人々』のユドゥシカ

ポルフィーリー・ゴロヴリョフ役を演じるエフゲニー・ミロノフ、モスクワ芸術座

 ポルフィーリー・ゴロヴリョフは、あだ名がユドゥシカ(小さなユダ)だ。彼は、ミハイル・サルトィコフ=シチェドリンによる『ゴロヴリョフ家の人々』の中心人物の一人で、悪名高い。下品な奴、裏切り者、暴君、寄生虫…。彼はおよそ人に共感、同情することができない。自分の利益のためなら誰でも裏切る用意がある。

 このユダの目は「魅惑的な毒を発散」し、「蛇のような声は魂に這い入って意志を麻痺させる」。 「吸血鬼のユダ」と呼ばれる、この偽善者は、ロシアの崩壊した家庭の一員だ。この家族は、過度の飲酒、絶望、狂気に苛まれている。

 「小さなユダ」は、度外れの貪欲、憎悪、残酷さに駆り立てられており、ただの一瞬も後悔せずに、近親者全員をあっさり死に追いやることができるだろう。「彼は自分に対して無限に怠惰であり、これが彼の主な特徴になった。はるか以前から彼は、あらゆる道徳上の制限からの完全な解放に魅了されていた…」

4. フョードル・ドストエフスキー『罪と罰』のアリョーナ・イワーノヴナ

連続ドラマ『罪と罰』、2007年

 ドストエフスキーの比類ない力作に出てくる年配の質屋で、高利貸しで生計を立てている。彼女は、いつも咳をしているので、結核にかかっているらしい。このアリョーナ・イワーノヴナは、自宅に質屋らしいものを設え、宝石や貴重品と引き換えに非常な高利で金を貸す。

 ドストエフスキーは、彼女を次のように描き出し、嫌悪感を隠さない。「彼女は干からびた老婆で、きつい意地悪そうな目つきをし、小さな鼻の先はとがっていた…。灰色がかった金髪は油でなでつけられていた…。非常に小柄で醜かった…」

 客たちは彼女を「恐ろしいあばずれ」と呼び、蛇蝎のように嫌う。返済にわずか1日遅れても、勝手気ままな老婆は質草を返さない。また彼女は、妹のリザヴェータ(妊娠中)をまるで玄関の敷物みたいにこき使う。小説の主人公ロジオン・ラスコーリニコフによれば、彼女は多くの人々の「苦しみの原因」をなしている。

5. アレクサンドル・プーシキン『大尉の娘』のアレクセイ・シヴァーブリン         

『大尉の娘』と『プガチョーフ叛乱史』に基づく『ロシアの反乱』、1999年

 アレクセイ・シヴァーブリンは、品位、正直さ、フェアプレーの反意語だ。彼は、大尉の娘、マーシャ・ミローノワに言い寄り、求婚さえするが、彼女の「いいえ」を受け入れようとしない。

 プーシキンはシヴァーブリンを、「若い将校で、背が低く、浅黒く、ひどく醜いが、非常に精力的な顔をしている」と描いている。中傷を好み、執念深く、底意地の悪い彼は、復讐のために、若い娘について不快な冗談を広める。

 大反乱「プガチョフ」の乱が起こると、生まれながらの嘘つきであるシヴァーブリンは、食い扶持を失わぬために、裏切り者となって、反乱軍に加わる。    

6. アレクサンドル・オストロフスキー『雷雨』のマルファ・カバノワ        

マルファ・カバノワ役を演じるオリガ・トゥマイキナ、ヴァフタンゴフ劇場

 マルファ・カバノワはおそらく、史上最悪の、まさに悪夢のような姑として歴史書にも登場しかねない。この残酷で無情な老婆は、息子の若く美しい妻カテリーナへの愛に嫉妬している。彼女は、裕福な未亡人だが、常に何かに不満をもっており、家族全員を横暴と恐怖で萎縮させている。

 カバノワは、鉄の拳で家を支配し、彼女の子供たち、チーホンとワルワーラ、そして貧しい生まれの嫁カテリーナの双方を憤慨させる。嫁は結局、自殺に追いやられてしまう。

 「お前たちがあたしを恐れないのなら、家に秩序がないじゃないか?」。カバノワは訝る。彼女はやたらと信心深いが、見せかけだけだ。許し、思いやり、慈悲は、彼女の本性とは無縁だ。

7. ミハイル・ブルガーコフ『犬の心臓』のシャリコフ

『犬の心臓』、1988年

 ポリグラフ・ポリグラーフォヴィチ・シャリコフは、そんじょそこらの隣人とは違う。「シャリク」と呼ばれる野良犬は、モスクワの新たな住処で目を覚ます。世界的に有名な外科医、プレオブラジェンスキー教授の広壮なアパートだ。教授は、フランケンシュタインのような実験に乗り出し、人間の脳下垂体と睾丸を野良犬に移植したのだった。

 実験は大成功したが、問題は、哀れな動物が今や、飲んだり喫煙したり罵倒したりすることしかできない、本物のろくでなしに変身したことだ。「最も恐ろしいのは、彼がもはや犬の心臓ではなく、人間の心臓をもっていること。そして、自然界のなかで最も忌まわしい存在であることだ」。プレオブラジェンスキー教授はこう嘆く。

 同志シャリコフは、ある意味で、ボリシェヴィキ政権にうまくはまった。短躯で「感じの悪い外見」で、我慢できぬほど無礼で傲岸。シャリコフは、豹がその斑点を変えないように、「正式に」人間になった後も野蛮人のように振る舞う。彼の関心事も、いかにも彼の本性にふさわしい。彼は、ソビエト政権下で、モスクワにおける猫駆除の仕事に、真に美的な使命を見出す。

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