1.『ボリス・ゴドゥノフ』(メトロポリタン歌劇場、アメリカ、ニューヨーク)
心理分析の深さと繊細さの点で、モデスト・ムソルグスキーは間違いなく、フョードル・ドストエフスキーやレフ・トルストイに匹敵するだろう。
『ボリス・ゴドゥノフ』で彼は、偉大な作曲家および台本作者であることを示したが、他の面でも、はるかに時代を抜き、未来を先取りしている。
ムソルグスキーは、歴史物オペラのこの大ヒット作で、ツァーリと民衆の劇的な対立を強調することを選び、新境地を開いた。この作曲家は、実質的に、民衆に『ボリス・ゴドゥノフ』の主役を与えるところまで行っている。
メトロポリタン歌劇場は、ムソルグスキーの傑作を「ロシア物の支柱」と適切にも述べており、1869年版(原典版)で上演されている点を強調する。演出はスティーブン・ワズワース。彼は、タイトルロールに、ドイツのバス歌手ルネ・パーペを起用し、「ロシアの民衆とツァーリの希望と苦しみ」を描く。
2.『スペードの女王』(ミラノ・スカラ座、イタリア)
ピョートル・チャイコフスキーによる情熱と欲望の悲劇は、彼の芸術的業績の頂点と広くみなされている。チャイコフスキーの弟モデストが台本を執筆。この傑作は、大詩人アレクサンドル・プーシキンの神秘的な短編『スペードの女王』に基づいている。
ここにはすべてがある。情熱、執着、恐怖、そして情熱。
オペラは、18世紀の帝都サンクトペテルブルクを舞台にしており、ゲルマンという不幸な青年を中心に展開していく。彼は、トランプ賭博に熱中している一方で、魅力的な娘リーザに恋しているように見える。リーザの養母は、年老いた伯爵夫人で、彼女は「3枚の必勝のカード」の秘密を知っているという噂がある。ゲルマンはギャンブルに執着しすぎて、事態はすぐには動き出さない。
マティアス・ハルトマンが演出する『スペードの女王』は、ロシアの魅惑のメゾソプラノ、オリガ・ボロディナを伯爵夫人に、ロシアのテノール、ナジミディン・マヴリヤノフをゲルマンに起用。
新シーズンでは、チャイコフスキーのこの最も壮大なオペラが、マエストロ、ワレリー・ゲルギエフによって指揮される。
3.『サドコ』(ボリショイ劇場、モスクワ、ロシア)
『サドコ』は、かのホメロスの「オデュッセウス」に対応するロシアの音楽作品だ。というのは言い過ぎかもしれないが、それはさておき、ニコライ・リムスキー=コルサコフは、彼としてはごく稀なジャンルであるグランド・オペラを創造した。この多産な作曲家が書いた、大規模な総譜をもつ傑作オペラは、桁外れの歌手、演奏家と、ユニークなソリューションを求める。
『サドコ』では、劇的な群衆のシーンが、琴線に触れる叙情的なエピソードと交錯する。メロディーの絶妙な美しさで際立っている。
このオペラは、途方もない冒険と海外旅行を夢見ている若い音楽家、サドコをめぐって展開する。サドコは、金持ちの商人たちの傲岸不遜を非難するが、この彷徨える芸術家は、海のツァーリと運命的に出会った後で、自分の言葉を行動に移さなければならない。
カリスマ的なテノール、ナジミディン・マヴリヤノフは、コヴェント・ガーデンとメトロポリタンにも出演しているが、ここでは、ドミトリー・チェルニアコフが演出した先駆的なステージで、観客を釘付けにするだろう。
4.『エフゲニー・オネーギン』(ウィーン国立歌劇場、オーストリア)
チャイコフスキーは、真に独創的であり、他者に追随したことなどなかった。「皇帝、皇后、蜂起、戦い、進撃」を見せびらかす、ありきたりの物語ではなく、普遍的な魅力をもつ内面のドラマこそ必要だ、と彼は述べている。彼は、何よりも登場人物の内面を念頭に置いて、哀愁、心理劇、尊厳の理想的な組み合わせを特徴とする「3幕の叙情的なシーン」を創り出した。この作品には、彼の個性がしっかり刻印されている。
詩人プーシキンの名高い韻文小説に基づく『エフゲニー・オネーギン』は、感じやすい若い娘、タチアナ・ラーリナに焦点を当てている。タチアナは、自己中心的な男性に恋し、無邪気に愛を告白してしまう。いわば魚のように冷たいエフゲニー・オネーギンは、タチアナの愛を拒絶し、自分勝手に思うさま生き続ける。彼が生涯の伴侶を失ったかもしれないことに気付いたとき、もはやすべてが手遅れだった。
時代の先端を行く監督・舞台美術家のドミトリー・チェルニアコフが、ウィーン国立歌劇場でドラマティックな雰囲気を醸し出し、バリトンのアンドレ・シュエンのオネーギンとニコール・カーのタチアナがステージでカリスマ性を共に発揮する。
5.『鼻』(オペラハウス、コペンハーゲン、デンマーク)
ドミトリー・ショスタコーヴィチは、22歳のときに最初のオペラを書いた。若々しく辛辣で思い切り楽しい。
このコミカルなオペラは、ニコライ・ゴーゴリの風刺的な短編に基づいている。「持ち主」から逃げだす鼻についての話だ。筋については、他に何を言えようか?まあ、確かに荒唐無稽には見えるが…。
ショスタコーヴィチの『鼻』(作曲家が台本も執筆)は、とにかく夢幻的なオペラだ。ゴーゴリの悪戯と設定の不条理が、天才作曲家が駆使する演劇と音楽によって100倍も増幅されているためである。バルセロナ生まれの舞台監督、アレックス・オリエが王立デンマーク・オペラで上演した『鼻』は見逃せない。
6. 『ホヴァーンシチナ』(オペラ・バスティーユ、パリ、フランス)
モデスト・ムソルグスキーは、この壮大なオペラを、ロシア史の中でも最も激動の時代の一つに捧げることにした。1682年のいわゆる「銃兵の反乱」が、ムソルグスキーにオペラの創作を促した(「銃兵の反乱は」、ピョートル大帝が、子を残さずに死んだツァーリ、フョードル3世の後で、異母兄イワンとともに即位した年に起きている)。
「ホヴァーンシチナ」の苦心惨憺の作曲は10年近く続いたが、ムソルグスキーはスコアを未完成のまま残し、最高傑作を完成させる前に亡くなった。
しかし幸いなことに、彼の未完の「ホヴァーンシチナ」は、リムスキーコルサコフ、ショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキーなどの有名作曲家の手に渡り、彼らが完成させた。
ムソルグスキーのオペラは、おそらく宮廷の陰謀と同じくらい複雑だが、確かなことが一つある。心の緊張と謎を生み出すことにかけては、彼に並ぶ者はいまだにいないということだ。
国際的に評価の高いロシアのバス歌手、ドミトリー・イワシェンコは、その深く響き渡る声が人間性のあらゆる面を映し出す。イワン・ホヴァーンスキー公を歌うのは彼だ。
テノールのセルゲイ・スコロホドフは、アンドレイ・ホヴァーンスキー公の役で、オペラ・バスティーユにデビューする。グルジア(ジョージア)のメゾソプラノ、アニタ・ラチベリシュビリ(2009年に、スカラ座のシーズン開幕で歌った史上最年少歌手となった)は、マルファ役。持ち前の強靭で滑らかな歌声を披露する。
オペラの通が、バスティーユの『ホヴァーンシチナ』を選ぶ理由はもう一つある。ピエール・ブーレーズ、ヘルベルト・フォン・カラヤン、エフゲニー・ムラヴィンスキーといった世紀の大指揮者から薫陶を受けた指揮者ハルトムート・ヘンヒェンを聴くためだ。
7. 『ルスランとリュドミラ』(マリインスキー劇場、サンクトペテルブルク、ロシア)
ロシア・オペラの父としばしば呼ばれるミハイル・グリンカは、このオペラのおとぎ話を創るのに5年を要した。題名から分かるように、『ルスランとリュドミラ』は、プーシキンの同名の叙事詩に基づく。なお、グリンカは、この5幕のオペラのプロットの細部に多少の変更を加えている。
ルスランとの結婚式の日に、大公の娘リュドミラは忽然と姿を消す(といって、彼女は駆け落ちしたわけではない。これはそんな話ではないのだ)。大公スヴェトザールは、愛する娘を救い出し取り戻す男に王国の半分を約束する。
この壮大なオペラでは、忠誠心と愛情が密接に結びついており、臆病と不正を非難する。『ルスランとリュドミラ』でグリンカは、光と闇、喜劇と悲劇、東方と西方の音楽を見事に融合させている。そして、多彩な登場人物たちが、あらゆる栄光に包まれてその多様性を示す。
力強いバス・バリトンのエフゲニー・ニキーチンと、魂の歌を聴かせるソプラノ、アイグリ・ヒスマトゥリナは、マリインスキーのルスランとリュドミラの役を演じ、閃光のように輝く。
8. 『イオランタ』(スウェーデン王立歌劇場、ストックホルム)
イオランタは、生まれつき目が見えない美少女だが、自分が盲目であることも、自分の身分も――彼女は王の娘だ――知らない。彼女は、愛情深い父、ルネ王といっしょに城に住んでいるが、父は、娘が盲目であることを娘に話さぬよう、家来に釘を刺していた。しかし、イオランタが恋に落ちると、事態が変わる。
「私はみんなを泣かせるオペラを書く」と、チャイコフスキーはこのオペラに取り組んでいる間に決心した。決心は実現された。
『イオランタ』は、すべてを征服する愛の力への賛歌であり、チャイコフスキーによる最も詩的で崇高なオペラの一つだ。詩的な感性と叙情性をそなえ、オペラのジャンルでは珍しい、光と優美さに満ちている。クラシック音楽愛好家なら誰でも知っている、美しいメロディー、アリア、アンサンブルがてんこ盛りだ。
『イオランタ』は、スウェーデン王立歌劇場での初演は、サンクトペテルブルクでの世界初演直後の1893年。チャイコフスキーの最後のオペラが再び取り上げられる時が来た。ロシアのソプラノオリガ・シチェグロワが主役イオランタの主役を演じる。ルネ王は、バス歌手、スタニスラフ・シュヴェッツだ。彼は、ヴェルディの『マクベス』で、オペラ・アイルランドでデビューしている。
9. 『イーゴリ公』(ペルミ国立オペラ・バレエ劇場、ペルミ、ロシア)
アレクサンドル・ボロディンによる『イーゴリ公』は、ロシアの古典的レパートリーの柱の一つだ。古代ロシア文学最大の記念碑、『イーゴリ軍紀』に基づく。12世紀に書かれたこの作品は、1185年のイーゴリ公の、遊牧民ポロヴェッツに対する運命的な遠征を描いている。
日食などの不幸な兆を無視して、イーゴリは、草原に住むダッタン人の大軍に向けて進軍していく。だが、彼の軍隊は敗れ、イーゴリは負傷し、一族とともに捕虜になる。重なる不運にもかかわらず、イーゴリは結局、自然の力を借りて、どうにか逃れることができた。
ベルギーの舞台監督・振付師で、史劇の分野の一流の専門家であるSigrid T’Hooft は、『イーゴリ公』の魅力を存分に見せてくれる。
10. 『炎の天使』(テアトロ・レアル、マドリード、スペイン)
シュールで暗く挑発的な『炎の天使』は、作曲者セルゲイ・プロコフィエフの生前には演奏されなかった。彼の最も神秘的なこの作品は、象徴主義のロシア詩人、ワレリー・ブリューソフの小説に基づく。
『炎の天使』は、霊に取り憑かれた若い娘を中心に展開する。その娘レナータは、霊の一人をマディエリと呼び、彼の恋人になることを夢見ている。だが、彼女の幻想に満ちた、絶望的な人生のなかに現れた男は、彼だけではなかった。
プロコフィエフのこうした不穏な『炎の天使』がテアトロ・レアルで上演される。チューリッヒ歌劇場とのコラボだ。舞台監督は、受賞歴のあるスペインのカリスト・ビエイトで、彼は、古典的なオペラの非正統的な解釈で知られる。