塔の上のロシア人

カルチャー
ゲオルギー・マナエフ
 古代人は高層建築物を建てて日々の生活を送った。うち数百棟が現存している。

 ロシア連邦北カフカース連邦管区に暮らすイングーシ人、チェチェン人、ヴァイナフ人は、すでに紀元前から塔を建て始めていた。塔を建てる文化は一旦途絶えたが、13世紀から16世紀頃に短期間だけ復活した。

 イングーシ人の村には生活用の長方形の塔と、防御用の高い塔があった。イングーシ人、チェチェン人、ヴァイナフ人の塔は建築様式が異なっているが、違いはそう大きくない。石材は石灰モルタルで固められているが、単に石材を積み上げることもあった。

 イングーシの塔の建設には厳格なルールがあった。必ず365日以内に完成させねばならなかった。村の裕福な家庭は皆塔を建てることを義務付けられていた。

 塔は高さ10〜12メートルだった。1階には厩舎と牛舎があった。床と天井は木製だった。2階は生活空間だった。それより上の階は客間だったが、防御目的でも使われた。

 バルコニーのように見えるのは実際には有利な防御施設だ。「バルコニー」には床がなく、攻めてきた敵に石を転がしたり熱湯をかけたりするのに利用された。「バルコニー」の石の囲いは防衛者が攻撃者の矢から身を守るのに役立った。

 「ヴォヴヌシキ」と呼ばれる地区は、イングーシの塔の最大の名所だ。塔は大半が防御用だったが、家族が生活することもあった。

 塔のある村々は互いに近く、狼煙を上げて近隣の村に敵の襲来を告げる役割もあった。

 イングーシ人は塔が民族精神と美の追求を体現するものだと考えていた。それぞれの塔に建築者と建築資金を出した家庭の精神的なシンボルが刻まれている。

 イングーシの塔のうち、30棟以上がまだきちんと調査されていない。

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