ヴェネツィア・ビエンナーレで3つのロシア展が必見である理由

 第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展で、ロシア展3つがいずれも必見である理由は、それが、エルミタージュ、トレチャコフ、プーシキンという3大美術館によるものであるためだ。

 2019511日に、第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展が開幕した。主要なプロジェクトに参加しているロシア人アーティストはいないが、それでも、この水の都のジャルディーニ地区には、ロシア・パビリオンがある。また、ロシア人アーティストがかなり広範に――社会主義リアリズムから現代美術の古典にいたるまで――紹介される展覧会が10以上もある。主なロシア・プロジェクトについて以下に述べよう。

Lc. 15: 11-32」 ロシア国立パビリオン
(ジャルディーニ地区、
511日~1124日)

 パビリオンのキュレーターになったのはエルミタージュ美術館。そう、耳慣れないアーティストでもグループでもない。かの有名な美術の殿堂だ。これについては、ミハイル・ピオトロフスキー同美術館長が、ビエンナーレ開幕のずっと以前に発表していた。その主要なテーマとプロットは、エルミタージュと関係しており、2人の招待アーティストによって創られた。

Mikhail Vilchuk - Alexander Sokurov

 今シーズン、このパビリオンの2つの階は、ほとんど劇場のステージのようになった。その上の階には、『ルカによる福音書』にもとづくインスタレーションがあり、「放蕩息子の帰還」をテーマとしている。制作は、映画監督のレジェンド、アレクサンドル・ソクーロフだ。彼が監督した『ファウスト』は、2011年にヴェネツィア映画祭で「金獅子賞」を獲得している。

 下の階には、劇場アーティスト、アレクサンドル・シーシキン・ホクサイによる、エルミタージュのフランドル美術コレクションを題材とするインスタレーションがしつらえられている。

Mikhail Vilchuk - Alexander Shishkin-Hokusai

 『ルカによる福音書』の「放蕩息子のたとえ話」を描くためにソクーロフは、世界で最も有名な絵画の一つ、エルミタージュ美術館所蔵の、レンブラントによる「放蕩息子の帰還」を取り上げ、文字通りその話をいくつかの部分に分割する。

 そのインスタレーションには、偉大なるオランダ人のアトリエと、キャンバス中の人物が「蘇った」彫刻、そして古典のプロットを現代ロシアに置き換えようと試みた、ポスト黙示録的なビデオが含まれている。

Mikhail Vilchuk - Alexander Shishkin-Hokusai

 この多層構造の「ケーキ」は、下の階に続いていき、そこで観客を待っている。シーシキン・ホクサイもまた、エルミタージュ所蔵の古典(フランドルとオランダにおけるレンブラントの同時代人たち)を復活させた。絵画の複製は、塗装された合板で作られている。より正確には、切り抜かれたディテールと人物はすべて、野外の人形劇のようにフレームに挿入されている。

 そして、それらはみな動いており、他の有名な絵画の「ゲスト」と「交流」する。例えば、フランス・スナイデルスの「魚屋の屋台」には、ヒエロニムス・ボスの「煉獄」の登場人物が入り込み、ヤーコブ・ヨルダーンスの「酒を飲む王」のテーブルには、レンブラント自身が腰かけているようだ。

「終わりが始まりとなる…」
教会「Chiesa di San Fantin」にて、510日~910日)

Grisha Galantnyy

 プーシキン美術館もまた、古典的作品を劇場的に扱っている。同美術館は、もう2回続けてヴェネツィア・ビエンナーレに出品してきた。

 プーシキン美術館の展覧会「終わりが始まりとなる…」は、ロシアの「Stella Art Foundation」が共同主催者となっており、ヴェネツィアの巨匠、ティントレットをテーマにしている。巨匠は今年生誕500年を迎える。

Natasha Polskaya

 Chiesa di San Fantinは、現在活動していない教会だが、かつてここにティントレットの絵画が保存されていた。その教会で、2人のロシア人と1人のアメリカ人アーティストが作品を発表する。

Natasha Polskaya

 しかし、彼らとルネッサンスの巨匠とのつながりは、教会の壁だけではない。彼らは展覧会に、ティントレット自身による絵画「愛の起源」と、イタリアの抽象画家エミリオ・ヴェドヴァによるトンド(円形画)とを含めた。ヴェドヴァは、偉大なヴェネツィア人、ティントレットの20世紀における信奉者とみなされている。

 此岸と彼岸の生についてのイリーナ・ナホワのビデオ・インスタレーションは、後者と交錯している。その主要な部分は中央身廊のドームに展示されている。

Grisha Galantnyy

 この展覧会の主な作品は、劇場監督ドミトリー・クリモフの「最後の晩餐」だ。これは、ヴェネツィア美術館所蔵のティントレットによる同名の絵画へのオマージュだ。

 クリモフのビデオでも、この物語は「蘇る」のだが、それはフィクション、演劇的風景としてにすぎない。それが、我々観客の目の前で展開することになる。誰がこのビデオパフォーマンスにおける唯一の真のキャラクターであるかは、開催期間中に、つまり910日までに自分の目で確かめることができる。

「ゲリー・コルジェフ:ヴェネツィアへの帰還」
カ・フォスカリにて、510日~113日)

 ゲリー・コルジェフ(19252012)は、今日では、いわゆる「社会主義リアリズム」の古典とみなされている画家だ。ソ連時代に政権に積極的に協力し、共産党や革命から労働者や農民の日常生活にいたるまで、その時代のあらゆる「然るべき」現実をキャンバスに描いている。

 1962年に、まさしく彼が、もう一人の社会主義リアリスト、ヴィクトル・ポプコフとともに、ヴェネツィア・ビエンナーレにおいてロシア・パビリオンを代表した。トレチャコフ美術館主催の今回の展覧会の名はこれに由来する。もっとも、今回は画家は一人で、しかも部分的に異なる意味付けをされて「帰還」したのだが。

 観客は、ホールに入るや赤旗、レーニン、鎌、槌などで脅かされる、などということはない。社会主義的リアリズムの通常のテーマの代わりに、展覧会には裸体画がふんだんにある。ただし、これが描かれたのは、ペレストロイカ期から2000年代にかけてだが。

 2階の作品の大半は、2000年代のものだ。それらの絵画では、ゴミ、骸骨、空想上の生き物などが、ソ連の全体主義の象徴に超現実的に加えられている。画家は、システムの崩壊を意味付けようと足掻いており、ほとんど殉教者のようだ。

 そして、有名な三部作「共産主義者」は、57年前にこのソ連の芸術家に名声をもたらし、ここヴェネツィアで展示されたものだが、今回は、「帰還」を恥じるかのように、遠くのホールにおずおずと展示されている。

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