復活するヴォログダ・レース

アンナ・ソロキナ撮影
 ロシア北部の手づくりレースの伝統的は、今もしっかりと残っている。19世紀の祝いごとの服からソ連の最高指導者の肖像画まで、ヴォログダ・レースはロシアのデザイナーによって広く使われている。つくりかたを学ぼうとする若い女性も多い。

 ロシアのデザイナーが自国のルーツに回帰している。アナスタシア・ロマンツォワ、ヴャチェスラフ・ザイツェフ、ウリヤナ・セルゲエンコなどが、伝統的な装飾模様、手づくりの刺繍、民俗のシルエットに現代のエッセンスを加えて、ロシア風オートクチュールを制作している。

 ビヨンセがミュージック・ビデオ「ジェラス」でセルゲエンコのレースを身にまとって以来、ファッション界はヴォログダ・レースに注目している。ヴォログダ・レースは、ファッショニスタ(おしゃれに敏感な人)のワードローブに次々と舞い降り、ヴォログダ州(モスクワの北300㌔)では趣味としてその人気が高まっている。

 ロシア語でレースはクルジェヴォというが、これは「囲む」という意味である。ドレスや他の物の縁を装飾する。コストロマ、ニジニ・ノヴゴロド、エレツなど、ロシアの様々な地域で、300年以上つくられてきた。中でもヴォログダ・レースは、ロシアの代表的な工芸品、認識度の高いシンボルとなっている。

レース・ショール、レース博物館。

伝統的なヴォログダ・レースとは

 第一に、パターン。パターンの幅は同じで、通常は花やテクスチャの要素が繊細な格子でつながる。パターン全体にのびる連続線はヴィルシェチカと呼ばれ、つくるのはとても難しい。レースを構成する要素は、ポロトニャンカ(「キャンバス」)、プレテショク(「織り方」)、ナスノフカ(「形」)、網の4つ。そこに、職人の想像力と創造力が加わる。

モーダンなヴォログダ・レースは何色でもある。

 パターンをデザインするには、芸術教育を受け、製織技術を学ぶ必要がある。ベージュや白などの明るい色が多いが、黒もある。できあがりの寸法が大きい場合、複数の職人が手分け作業でパターンをつくり、後で合わせることもある。

 第二に、つくりかた。木製のボビンを使う、完全な手づくり。材料は特別な亜麻糸や綿糸。亜麻布や他の粗い布を飾るレースであれば、パターンも大きくなる。細い糸からは、細い飾りを編み、シルクの布などを飾る。

祝いごと用のレースや日常用のレースは、テーブルクロス、ナプキン、マント、結婚式のアイテムを飾る。若い女性はかつて、祝いごと用のレースのショールを羽織っていた。

ヴィンタージュなドレスにレース・ショール、レース編み博物館。

ソ連のレース

 1930年代から、ソ連のテーマは伝統工芸で広く使われるようになった。パラシュート、クレムリンの星、レーニン廟、ソ連農業複合体の成果が描かれた。もちろん、伝統的なパターンも好まれた。

 おもしろい事実がある。第二次世界大戦後、ソ連はレンドリースでアメリカから受け取った兵器に対して、レース品で返済した。レースの価格は常に高かったため、レースで飾られたケープやショールは特別な贈り物であった。

レース編みで出来たレーニン廟。

 1930年代、スネジンカ・レース工場では数千人の職人がレースを編んでいた。今日、この工場には20人ほどしかいない。

 民俗レースの職人で、レース博物館のレース工房で教えているイーリャ・ヴェレシチャギナさんはこう話す。「1965年に勉強を終えてから、スネジンカ工場で職人、技師として働き続けた。ソ連時代は材料調達で困ることはなかった。必要な糸すべてがコストロマで生産されていたから」

 スネジンカの職人は、販売用としてだけでなく、博物館向け、個人の顧客向けにもレースをつくった。「多くの外国人観光客がいた。ある時、窓用のレースの注文があった。あと、日本人がソファー・カバー用にレースを注文した。ソ連時代は、フィンランドやドイツなどの外国の職人との会議も多かった」とヴェレシチャギナさん。

 だがソ連が崩壊し、ヴォログダ・レースの生産量は、他の産業と同様、急減した。2000年代半ばにようやく、伝統的なヴォログダ・レースへの関心が再び高まった。この時、レース博物館がオープンした。レース教室がここで開催されている。

 

レースづくりを学ぶ女性

 美容師のナタリア・ヴィノグラドワさんはこう話す。「祖母がこれをやっていた。私はもともと手で何かをつくるのが好きで、縫い物、刺繍、おもちゃづくりをしていた。レース教室の情報を見かけたから、2月から通い始めて、4月までには作品を複数完成させた」

 ヴィノグラドワさんは楽しくてレースづくりをしているのだという。「レースを編んで人にあげている。母にはナプキンを、義母には首の部分の飾りをつくった」

 レースづくりには根気が必要だという。「私のところに来る女性の作業の様子を見れば、すぐに向き不向きがわかる。ここで2時間じっとして、家でも作業をしなければいけない。夢中になって、レースづくりから離れられなくなる人もいる」  

 職人はボビン選びを自分で行う。現代的なボビン、昔風のボビンのどちらも、ヴォログダ州でつくられていることが多い。太さや形だけでなく、木の材質も違う。ボビン1組には固有の音がある。白樺の音、トネリコの木の音。

昔風のボビン。

 音はとても重要だ。初心者はゆっくりと編み、ボビンを静かに動かす。経験を積むにつれ、編むスピードは速くなり、ボビンの音は大きくなる。ボビンの音は心を和やかにすると、多くの人が言う。

 民族工芸家マリーナ・コロソワさんは、幼稚園でヴォログダ・レースを見て、レースづくりを始めた。「編むのも難しいけど、パターンづくりが難しい。自分で絵を描いて、改善するようにした」とコロソワさん。

 「編むのは一生の作業。最初に、シンプルなパターン、小さなものをつくる。次に、それより難しいもののつくりかたを学ぶ」とヴェレシチャギナさん。

 ヴォログダ市では3年おきに国際レース祭「ヴィタレース」が開催される。世界中の女性職人数百人が、主要な広場に一堂に会す。2011年、570人がクレムリン広場で同時に作業し、レースづくりの記録を塗りかえた。このイベントはロシア記録ブックに記録された

 ヴォログダ・レースは長い冬につくるのが良いと、ヴィノグラドワさん。「私が始めた時、娘が習いたがったから、児童教室に送った。交流サイト(SNS)に以前はあまり興味を持っていなかったけど、今は写真を掲載している。きれいってコメントをもらえるのが嬉しい。『私も習いたい』って言ってもらえる」