ロシア最古の劇場のいま

アレクサンドリンスキー劇場のヴァレリー・フォーキン芸術監督

アレクサンドリンスキー劇場のヴァレリー・フォーキン芸術監督

アナスタシア・カラゴジナ撮影
 今年、アレクサンドリンスキー劇場とヴァレリー・フォーキン芸術監督は二重の記念日を祝う。

 サンクト・ペテルブルグにあるロシア最古の劇場であるアレクサンドリンスキー劇場が今年創設260年を迎える。アレクサンドリンスキー劇場は1756年8月30日、エリザヴェータ女帝の命により、最初の国立劇場として創設された。常設劇団を持ち、レパートリーシステムを採用し、国家予算によって運営されたこの劇場は、ロシアの大多数の劇場のモデルとなった。

 2003年にアレクサンドリンスキー劇場の芸術監督に就任したヴァレリー・フォーキン氏は今年2月28日、70歳の誕生日を祝った。フォーキン氏は古くなったアレクサンドリンスキー劇場を活気ある人気の劇場に変えることに成功した人物だ。

 

世界で羨まれるロシアの劇場

 フォーキン氏は「レパートリーシステムの国立劇場のモデルは素晴らしいものであり、今後もこれを維持していく必要がある」と語る。「今もなお、わたしたちは世界中から羨望されている。一方で、最近、国家からの援助は削減されつつある。今年は財政危機により資金が30%もカットされたため、いくつものプロジェクトを断念せざるを得なかった。政府は現代芸術に予算を拠出したくないようだが、実験的な劇場は我々の未来なのだ」

アナスタシア・カラゴジナ撮影アナスタシア・カラゴジナ撮影

 とはいえ、アレクサンドリンスキー劇場は今年祝う二重の記念日に合わせて、数多くの大規模なプロジェクトを準備した。そのうちのひとつが「仮面舞踏会―未来の追憶」だ。これはロシアの伝説的な演出家で理論家のフセヴォロド・メイエルホリド演出による著名な芝居の現代版である。メイエルホリドのこの作品は1917年、ロシア革命前夜にアレクサンドリンスキー劇場で上演されたもので、時代の変革を意味するものとなった。

 フォーキン氏は「あの年代についての本を読みはじめると、戦争、活力を失わせるような予算、右派と左派との異常な分裂など、当時の多くのことが現代と一致することに気がついた」と述べ、次のように続ける。「すべてがまた繰り返されている。黙示的な気運、そして我々が何らかの限界に達し、これから一体何が起こるか分からないというような感覚が」

 

「野望が世界を動かし、誰も譲歩しようとしない」

 黙示的な気運はフォーキン氏演出による最新作「2016年の今日」にも反映されている。フォーキン氏の息子キリル・フォーキンのファンタジー小説を下敷きにした芝居には、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、ドイツのアンゲラ・メルケル首相、アメリカのバラク・オバマ大統領が登場する。そのストーリーは、異星人が地球にやってきて、地球を守るために皆で軍備撤廃しようと提案するのだが、平和を希求する彼らの使命に賛同する者は現れないというものだ。フォーキン氏はこれについて、「野望が世界を動かし、誰も譲歩しようとしない。世界の大国のリーダーたちは軍備撤廃に同意せず、今すぐにも爆破することができる火薬庫の上に座っていた方がいいのだ。そういう人間は変わろうとはしない」と絶望を表す。

 フォーキン監督自身、近隣諸国との交流の継続に尽力している。劇場は精力的に外国公演を行っており、10月にはポーランドのワルシャワで開かれる国際演劇オリンピックに参加し、「仮面舞踏会」を上演することになっている。

 アレクサンドリンスキー劇場の新しい建物=ナタリア・ピエトラ撮影 アレクサンドリンスキー劇場の新しい建物=ナタリア・ピエトラ撮影

 

フランスから日本まで

 劇場はこうした交流の「橋」を外国公演やフェスティヴァル参加から若者のための教育プログラムに至るあらゆるレベルで築こうとしている。こうしたプロジェクトのひとつとして、フランスのリモージュ演劇アカデミーとは共同での芝居づくりが行われている。ロシアの演出家たちが数週間フランスに滞在し、リモージュの学生たちと稽古を行い、その成果をアレクサンドリンスキー劇場の新館で上演した。次はフランスのパリ国立高等音楽院の演出家らがロシアのアーティストたちと作品を作ることになっている。

 また近く、日本やイタリア、フィンランドやスウェーデンの演劇学校との協力も予定されている。

 9月にペテルブルグで開かれるアレクサンドリンスキー演劇フェスティヴァルには、イスラエルのハビマ劇場、イタリア、ミラノのピッコロ座が参加するほか、鈴木忠志氏が「トロイヤの女」の初演を行う。

 「わたしたちは鈴木忠志氏との協力関係を継続している。現在、彼のセンターは利賀村にあるのだが、この山の中の演劇村は素晴らしい場所で、彼はそこに居を構え、さまざまな実験を行っている。来年、劇場は日本公演を行う計画だ」

 

メイエルホリドの創作遺産を蘇らせるために

 ヨーロッパの演劇祭においてロシア演劇はそれほど評価されていない。フランスのアヴィニョン演劇祭では、2年連続でキリル・セレブレンニコフがロシア代表として参加し、今回はゴーゴリの戯曲「死せる魂」のラジカルな芝居を上演することになっている。しかしフォーキン氏はこの作品が選ばれたことについて、国際的なコンテキストやロシア演劇の後進性によるものではなく、完全に演劇祭の審査員たちの趣味に左右されたものだとの考えを示す。

 「ロシア演劇はとても良い状態にある。それは多様性があるからだ。才能のある若手演出家が多数おり、実験的な作品があり、地方のものも含め、大規模なアカデミック形式の優れた芝居もある。わたしたちにとってもっとも危険なのはこうした多様性を失ってしまうことだ。政府はすべてをシステム化しようとし、すべての人間をひとつの道に追い込もうとしている。しかし演劇には多くの道がある。皆が一列になって歩く大きな道がひとつあるわけではないのだ」

 興味深いのはロシア演劇がかつて同じような道を辿ったことがあるということだ。20世紀初頭にアヴァンギャルド演劇が開花したが、1930年代から1940年代にかけて、タイロフやメイエルホリドが中心となって推し進めたロシアのフォルマリズム演劇の流れは完全に弾圧された。

 フォーキン氏は「世界には今なお、ロシア演劇といえば3本の白樺の間で鉄の涙が流されるというような型にはまったロシア的イメージが根強い」と嘆く。「実際には、演劇形式という観点から見た偉大な発見はここロシアでなされた。それらの発見は今も多くの演出家たちのエネルギーの源となっている。重要なのは歴史から教訓を得ることのはずなのだが、わたしたちはいつまでも頑なに同じ轍を踏んでいる。恐らくこれはわたしたちの民族性なのだろう。