モスクワ・クレムリンの城壁に沿って広がるアレクサンドロフスキー庭園は、朝10時にはもう、人でいっぱいだ。のんびり歩く観光客に、仕事へ急ぐ市民たち。そんな人たちに紛れて、かのスターリンの姿がある。パレード用の白いキーチェリ(立ち襟制服)を着て、黒い髭をはやし、手にはパイプ。インスタグラム用の「セルフィ」撮影のパートナーには最適だ。写真の対価は一律ではなく、ロシア人なら200~300ルーブル(300~450 円)、外国人ツーリストなら交渉次第で500ルーブル(750 円)~。ソビエト連邦の最高指導者との記念撮影を望む人は相当に多く、スターリン役の男性は満足のいく収入が得られているようだ。
ロシアNOWの取材に応じた「スターリン」氏(本名は明かしてくれなかった)は、「それまでの30年は海軍勤務だった。この仕事はこれで8年になる」と語る。「観光客には事欠かない。生活に不足はない」
アレクサンドロフスキー庭園のスターリンに休日はない。仕事の一日を彩るのは、そばで働く貴婦人たちだ。女帝エカテリーナ2世と、2人の女官。女帝ひとりと写真を撮るなら100ルーブル(150円)とお手頃だが、これにスターリンがつくと、500ルーブル(750円)~と一気に跳ね上がる。
観光客は引きも切らない。女官を従えたエカテリーナ大帝はコケティッシュに手への接吻を許可し、道行く人にウィンクを送る。友人たちと初めてモスクワを訪れたというムンバイ(インド)出身のソハム・サムエルさんは、ロシアの女帝たちの美しさに心を奪われたという。「空色の服の女性(エカテリーナ2世のこと)の写真はもうあるが、全員と写真を撮りたい。ロシアの女性はとってもきれいだ。どれが誰だか分からないが、衣装がいい。女王様みたいだ」
一方、ロシア人観光客には、スターリンやレーニンと写真を撮ることの方が面白いようだ。「娘がはじめてモスクワに来たので、赤の広場を歩いていたら、レーニンがいた!ハンチングといいヒゲといい、瓜二つだ」とチェボクサル(モスクワから600㎞)のヴィクトルさん。
彼らから10m離れたところに、またひとりのレーニンがいる。孤独なレーニンだ。彼はそこらを行ったり来たりし、微笑み、どういうわけだか、大声で禁酒のアジテーションを飛ばす。「ビールに否を!テキーラに抗え!レーニンが飲むのはフルーツジュースだけ!」
話を聞いてみると、これはやりたくてやっていることであり、だからこそ、クレムリンに来れば毎日自分に会えるというわけではない、という。平日は劇場で稽古に励んでいる。「映画にも出たし、今も舞台でそっくりさんを演じている。レーニンだ、もちろん。マネーシカ(マネージ広場)に出てくるのは、楽しいからだ。みんな微笑んでくれるし、中にはからかう人もいる。握手を求められもするし、おしゃべりしにくる人もいる」
このレーニンにも風変りな「相棒」がいる。アレクセイ・ミハイロヴィチ帝(ピョートル1世の父)とその妻だ。一緒に働いてはいるが、一人一人が独立した事業者である。みな労働許可を得ているので、警察も妨害しない。
しかし同業者同士は熾烈な競争の中にある。孤独なレーニンとロマノフ夫妻はベンチに座って安穏としている最高指導者たちに敵愾心を抱いている。そうした感情が暴力沙汰に発展したこともあった。2012年夏、ひとりのスターリンが、相棒のレーニンが別のスターリンと組んで働きだしたことに気付いた。この背信行為についてコーヒーを飲みながら討議を行う中で、第一のスターリンが裏切者の背中を傘で3発殴った。太っ腹な報償だ。転んでもただでは起きぬレーニン、警察にこれを訴える。数日後、最高指導者たちは和解した。しかし警察はその後も一定期間、彼らの監視を続けた。
しかし今年になって、どういうわけか、プーチンを見る機会が減った。お仲間たちに尋ねてみると、彼らは一様に肩をすくめる。「お分かりでしょう、大統領は多忙なのです。国家経営は難事業ですからね!私だって仕事があったらのんびり歩いてなどいませんよ」とイワン雷帝。
クレムリンでは絶えず新たなヒーローが出現している。ニコライ2世、ブレジネフ、さらにはバラク・オバマ。うちの多くが短命である。けれども赤の広場にいる限り、スターリンとレーニンに、仕事がなくなる日は来ない。もちろん、プーチンにも。
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