自動車工場からエルミタージュへ

ユーリイ・ザリトーフスキイ撮影/ロシア通信
 ロシア各地の19~20世紀の工業空間が変貌している。開発者は、歴史と現代性のバランスを取り、昔の建築の傑作を保存しようとしている。大きな建築群の一つが、かつてソ連および社会主義陣営で最大だった、モスクワの自動車工場「ZIL」の跡地に生まれる。この伝説的な自動車工場はどのような場所だったのか、今後どう変わるのか、ロシアにおける他の再開発の成功例にはどのようなものがあるのか、ロシアNOWが特集する。

 伝説的なZIL(リハチョフ工場)の歴史が始まったのは1916年。ロシア帝国の政府が、自動車工場6工場の建設計画を承認した時。その中で最大の「AMO」(モスクワ自動車、ZILの前身)は、イタリアのフィアットの1.5トン・トラックをライセンス生産しようとしていた。工場の建設プロジェクトには、有名な建築家アレクサンドル・クズネツォフ、アルトゥール・ロレイタ、コンスタンチン・メリニコフが招待された。ロシア革命が完工を妨げたが、それによってソ連政府は1918年に工場を国有化し、修理場にすることができた。1924年になってようやく、ソ連初のトラックの生産がここで始まった。1975年までには、ZILは年間最大20万台を生産するようになっていた。ソ連崩壊後、工場の生産量は大幅に減少し、工場の領域が衰退していった。

 

建築

 ZILは20世紀最高の工業建築の一つと考えられており、残存しているモダン建築の一部は、後の構成主義の厳格な様式と調和している。保存状態が最も良いのは、1916-1918年にイワン・ジョルトフスキーと若きコンスタンチン・メリニコフの設計にもとづいて建設された、工場管理棟の赤い建物。だがZILのメイン・シンボルとなったのは、大きなガラス張りの正面と正方形の鉄筋コンクリートの柱のある、3スパンの1階建ての鋳造工場。構成主義の建築記念物と認められた正面は、2015年に違法に取り壊され、都市保護活動家から批判が集中した。保護運動「アルフナゾル」の調整役コンスタンチン・ミハイロフ氏はこう話す。「ZIL敷地内で取り壊された歴史建造物の数は不当に多い。数十年にわたってZILの外観となってきた建物すべてが、工場管理棟を除いて、解体された。唯一歓迎できるのは、モスクワ川につながる遊歩道の解放。この道は構成主義風になっていて、長い間工場の従業員しか使えなかったが、これからは公共のスペースになる」

 

未来

「プロエクト・メガノム」のコンセプト

 モスクワ市当局は2011年末、経済活動と文化活動の中心となる新しい領域の創設を目的とした、「ZIL」工業ゾーン再開発コンペティションを発表した。優勝したのは建築事務所「プロエクト・メガノム」のコンセプト。250ヘクタール以上ある敷地に、文化・教育センター、スポーツ施設、ショッピング施設、エンターテイメント施設のそろった居住空間、ビッツァ森林公園とヘラジカ島をつなげる広大な緑の空間を創設することを提案している。また、ワルシャワ通りの工業地帯と地下鉄「ナガチノ」駅を結ぶために、架橋を提案した。プロジェクトの主な特徴は、超高層ビルを建てないこと(すべての建物が6~14階)。唯一の例外は、アメリカの建築家ハニ・ラシッド氏(建築事務所「アシンプトト」)によって設計された、マンション、オフィス、ショップの入る、湾曲した不思議なシルエットが特徴の150メートルの塔。

 モスクワ川に沿って、自転車専用道路と歩行ゾーンのある河岸通りができる。メイン・ストリートには、劇場、美術館、3000席の音楽堂、商業ギャラリーなどの文化施設ができる。ZIL北部にはエルミタージュ美術館のモスクワ分館(こちらもラシッド氏設計)や、伝説的なチェーホフ・モスクワ芸術座の演目で有名なコンスタンチン・ボゴモロフ氏率いる劇場がオープンする。建設は今年すでに始まっており、6年続く。

 「この領域を歴史的中心部や住宅地に隣接する新地区に変えることによって、新たな雇用と文化センターが生まれる」と、経済高等学院都市計画研究所のグレブ・ヴィトコフ所長は話す。また、これはいわゆるモスクワ中間ゾーンの開発への良い刺激となる。つまりは約40%の雇用が集中する歴史的中心部の負担を軽減するということである。

現代美術センター「ヴィンザヴォド」

現在の「ヴィンザヴォド」のある場所では、19世紀初めに商人ニキフォル・プロコフィエフの蜂蜜ビール醸造所が稼働し、1870~1880年代にイワン&キリル・タルシン兄弟の「在モスクワ・ロシア・ビール・密酒協同組合」が稼働していた。ソ連時代、工場は放棄されていた。2007年、実業家ロマン・トロツェンコ氏が、プライベート・ギャラリー、展示ホール、ショップのある現代美術センター「ヴィンザヴォド」をこの領域に創設した。元ビール醸造所をギャラリー用にアレンジしたのは、建築家アレクサンドル・ブロツキー。

 

「クラスヌイ・オクチャブリ」

有名なモスクワの製菓工場「クラスヌイ・オクチャブリ(赤い10月)」は、19世紀最後の10年で「エイネム」社によって建設された。ロシア革命後、工場は国有化され、「国営製菓工場NO.1、元エイネム」に改名された。1922年、工場は現在の名称になった。 2007年、生産がババエフスキー工場に移管され、「クラスヌイ・オクチャブリ」は芸術集積に変わった。2004年から2009年まで、ここでは文化センター「アートストレルカ」が活動していた。現在、「グタ・デヴェロップメント」社が保有する旧製菓工場を、「ストレルカ」大学、大手建築事務所、広告代理店、雑誌社、ギャラリー、ショップなどが借りている。

 

ロフト・プロジェクト「エタジ」

サンクトペテルブルクの有名なロフト・プロジェクトは2007年、旧パン工場「スモリニンスキー」で立ち上げられた。立案者マリヤ・ロマショワ氏は、保存された19世紀の工場インテリアを、単なる現代美術のギャラリーではなく、完全な文化センターとして活用した。ここには現在、7ヶ所の展示場、ショップ、カフェ、さらにホテルまである。ここではコンサート、講演会、慈善活動が行われ、夏になると、5階建てのレンガ造りの建物の屋上は展望台に変わる。

 

16thライン・プロジェクト

 ロストフ・ナ・ドヌの有名な現代美術ギャラリーは6年前、かつて商人ナルバンドフのマカロニ工場だった敷地にオープンした。実業家・収集家エヴゲニー・サモイロフ氏は、19世紀の工場の建物を修繕し、展示空間、図書館、レストランを開設した。2012年、ここでストリート・アート祭が行われた。旧工場のレンガ造りの建物に残された大規模なグラフィティから、その様子がうかがえる。1年後には隣接する第18ラインに、独立劇場「18+」、現代美術ギャラリー、アーティストのアトリエのあるアート・プラットフォーム「マカロンカ」がオープンした。