バーニャの四つの奇習

Lori/Legion Media撮影

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ロシア式蒸し風呂の「バーニャ」は古来、ロシア人にとって健康増進をはかり心と体を清める特別な場所であり続けている。バーニャにまつわる伝統の多くは忘れられ失われてしまったが、ロシアNOWは現代ロシアでも見かける不可思議な風習を集めてみた。

 ロシアには、全国各地のプロのバーニャ係が参加している協会があり、様々なフェスティバルやコンクールで彼らは、その職人芸の秘訣を交換し合う。ロシアNOWの記者は、そうしたプロたちに、バーニャにまつわる変わった風習について聞いてみた。

 

まるまる太り、花婿を当てるための儀式 

 「ロシアに住む民族の多くには、いまだにバーニャの面白い伝統が保存されているよ。先祖代々伝えられてきたんだ。伝承が途切れたところもあるが、残っているところもある」。こう説明してくれたのは、ウラル沿岸のチュヴァシ共和国の首都チェボクサルからやって来たヴャチェスラフ・スピリドノフさん。彼はチュヴァシ共和国の非公式のバーニャ係協会会長で、全ロシア・バーニャ係フェスティバル「バーニャのルーシ(ロシアの古名)」の優勝者だ。

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バーニャ係の職人芸

 クリスマス週間には、多くの乙女たちがバーニャで将来の結婚相手を占う。普通は、夜の帳が下りるのを待ち、髪を解いて、灰かバーニャのヴェニク(体を叩くための葉の豊かな木の枝)、はたまた鏡とロウソクを使って儀式を行う。

 バーニャでのもう一つの儀式は、「やせっぽちをふるい落とす」。まず体を洗ってから、「ガチョウが水をふるい落とすように、あらゆるやせっぽちよ、飛んでけ!」と唱えつつ、両掌で体から水を払い落とすのだ。この儀式は、地域によっては微妙に異なることがあるが、本質は同じだ。しっかりした体格と多少のふくよかさは、ロシアでは健康のしるしとされている。

 

亡き先祖たちの入浴日 

 もう一つ、面白い風習について、ウラル連邦大学の考古学・民族学講座の研究者、スヴェトラーナ・ベロルソワさんが話してくれた。彼女は今、南ウラルのいわゆる「ウラルのヨーロッパ」に住むロシアの最も風変わりな少数民族の一つ、ナガイバク人に関する民族学の映画を撮影している。

 ウラルのチェリャビンスク州の地図上にあるパリ、フェール=シャンプノワーズ、ベルリン、ライプツィヒ、ヴァルナ、カッセル、ポート・アーサーの他10以上の村々には、ロシアが1799年と1813~1814年にドイツとフランスで勝利を収めたことを記念して、ヨーロッパの地名がつけられている。ナガイバク人は、ナポレオン戦争で転戦し1814年にはパリに入城している。

 ウラルのほうのパリ、フェール=シャンプノワーズ、ナルシー、カッセル、およびオストロレンスコエにはナガイバク人が住んでおり、その独自の文化を崇め、いまだにいくつかの異教的儀式を行っている。例えば、1年に一度、復活祭前の聖大木曜日に風呂を焚く。この日に先祖の霊が入浴するとされているのだ。だから、生ける者たちは、門を開け放っておき、自分たちは風呂に入らない。

 スピリドノフさんによると、似たような風習がキリスト教化されなかったチュヴァシ人の間にも保たれているという。すなわち、年間の特定の日に人々は墓地に行き、先祖に礼拝して、死者の霊をバーニャに招く。そして、この儀式の最中は、扉は開いたままで、ロウソクが燃えている。

 

バーニャの霊に助けを乞う 

 エカテリンブルクの弁護士、アンドレイ・アルテミエフさんは記者にやはり面白い儀式について話してくれた。それは、ザウラリエ地域の村に住む彼の親戚が教えたそうだ。

 「バーニャに入ったら、バーニャの霊(バンニク)に挨拶するんだ。そして、心と霊と魂を清めてくれるようお願いする。これは、ドモヴォイ(ロシア版座敷わらしといったところ)、ドヴォロヴォイ、オゴロドヌイなどのような、人間を助けてくれる霊の一つだね。風呂に入ったら、ヴェニクを盥に浸し、遠い方の左の角から順番に、四つの角それぞれに向かって、『バンニク、バンニク、我々の体と魂と心の穢れをとっておくれ。あらゆる汚れ、病気、不運をとり去っておくれ』と唱えながら、水をかける。そうやって三回まわるんだ。バーニャから出るときは、バーニャの霊にお礼を言って、一礼して出るんだけど、霊に背中を向けないように後ずさりするんだよ」

 

交流の場としての都市のバーニャ 

 都市の住民にも、自分なりのバーニャでの風習がある。つまり、定期的に公衆浴場を訪れ、ゆっくり座り込んで交流するわけだ。2013年にウラルの工業都市カメンスク・ウラリスクで、赤字を理由に、第二次世界大戦中でさえ休業したためしのない公衆浴場が閉鎖されたときは、憤激した住民たちが、怒りの手紙を市長や州知事にまで送り付けた。その結果、このバーニャを再度開業させるのに成功。

 学校教員のマリーナ・ズイリャノワさんは、30年来のバーニャ愛好家だが、記者にこんな話をしてくれた。「公共のバーニャというのは、人々が交流するセンターのようなもので、同好の士が集まるクラブよね。そこではいつでも最新のニュースが聞けるわけ」

 ヴォログダ州のこじんまりした古都べロゼルスクの言語学者リディア・モキエフスカヤさんは、ユーモラスな文集『バーニャのこぼれ話』を出した。そこには街のバーニャで知り合いから聞いた楽しい話が収められている。リディアさんは毎週日曜日にバーニャに通っているが、この週間はもう15年ほども続いているという。