ロシアの美術品収集家トップ5

コスタキスは、1930~70年代に卓越したコレクションを構築した。=写真提供:コメルサント紙

コスタキスは、1930~70年代に卓越したコレクションを構築した。=写真提供:コメルサント紙

トレチャコフ美術館は、ロシア美術の最も有名なコレクターの一人であるジョージ・コスタキスのコレクションからの作品の展覧会を主催している。実は、ある膨大な美術コレクションが収容されている保管庫に、長い間もう一つのコレクションが隠されていたことが判明した。ロシアNOWはこの機会を利用して、ロシア美術史で最も偉大なコレクターを思い起こすとともに、その秘宝が現在どこに保管されているかを調べてみることにした。

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パーヴェル・トレチャコフ(1832~1898)

 トレチャコフは、ロシア美術史の主要人物である。この著名なモスクワの事業家は、自らのコレクションを将来の美術館の基盤とするつもりでいた。生前にきちんと作ってあった彼の遺言の主な規定は、コレクションの全体を維持することであった。ソ連時代にさまざまな美術館に分配されることなく、トレチャコフ美術館のコレクションが減らずに済んだのは、この遺言のおかげだった。

 トレチャコフ美術館の美術コレクションは、世界でも最も有数のものとして名高い。それは、ロシア美術史をたどるもので、ロシアにおけるイコンの傑作(中でもアンドレイ・ルブリョフの「三位一体」のオリジナル)から、リアリズムの移動展派(サヴラソフ、シーシキン、レーピン)、さらには20世紀初頭の急進的な前衛主義的(マレーヴィチによる著名な『黒の正方形』やその他の作品)までを網羅したものだ。

 美術館の建物さえもが、トレチャコフの指揮下で建設された。彼は、当時最も偉大な芸術家の一人とみなされ、民俗派とロマン派の現代絵画の分野をともに開拓したヴィクトル・ヴァスネツォフルにファサードのデザインを依頼した。その結果、華やかな近代主義的な宮殿は、この美術館とそのコレクションの特別な気質を表現している。

 

セルゲイ・シチューキン(1854~1936)

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 収集活動は、古儀式派の信者で実業家の家系だったシチューキン家の伝統だった。4人兄弟のうち最も収集に熱心だったセルゲイ・シチューキンは、フランスのモダニズムに集中することにした。パリのギャラリーの常連だった彼は、印象派の作品の価値が他人に認められるようになるはるか前から、意図的にそれらの傑作を購入していった。彼の兄弟たちは、彼のことを風変わりだと思っていたかもしれないが、最終的にはセルゲイのコレクションが最も貴重なコレクションになったのである。その中にはモネ、マティス、セザンヌ、ゴーギャンなどがある。

 セルゲイ・シチューキンは、世界の美術史上最高の投資家だったと言うことができるかもしれない。サザビーズの評価では、今日の彼のコレクションの価値は軽く85億ドルに匹敵するだろう。革命後、シチューキンはフランスに移住し、彼のコレクションは国有化された。現在、彼によって収集された絵画は国立ロシア美術館で展示されている。

 

イヴァン・モロゾフ(1871~1921)

 著名な実業家の跡継ぎとして生まれたモロゾフは、子供の頃、ロシア有数の印象派画家であったコンスタンティン・コローヴィンから絵画を学んだ。しかしスイスの大学を卒業した彼は絵画をあきらめ、同家が所有する繊維工場の経営に参加し始めた。それでも、モスクワの芸術家たちとの友情を通じて、芸術に対する彼の関心は蘇った。

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 今日のオークションで販売されれば、イヴァン・モロゾフのコレクションの評価額は50億ドルにおよぶであろう。それはシチューキンのコレクションよりは低い評価額かもしれないが、それでも歴史上最も貴重な私有コレクションの一つといえるだろう。彼のコレクションの見所としては、ピカソの『玉乗りをする曲芸師』、ゴッホの『夜のカフェテラス』、ルノワールの『ジャンヌ・サマリーの肖像』などが挙げられる。

 シチューキンの遺産と組み合わせた1920年代から1940年代のモロゾフのコレクションが、新西洋美術館のコレクションの基礎を形成した。後にこれらの絵画はエルミタージュとモスクワのプーシキン美術館の間で分配され、現在でもこれらの場所で閲覧することができる。

 

ジョージ・コスタキス(1913~1990)

 ギリシャ人家系でソ連生まれのコスタキスは、若い頃、在モスクワのギリシャ大使館で運転手として働いていた。業務の一環として、外交官がアンティーク店に訪問する際に彼が同行することがよくあった。美術に対する彼の情熱が目覚めたのはそのような場所だった。

 コスタキスは、1930~70年代に卓越したコレクションを構築した。彼は特に前衛的な芸術家に注目したが、彼らは当時、注目に値するとも貴重であるともみなされていなかった。コスタキスは、このようなアーティストの芸術的急進主義を理解することができた少数の人々の一人であった。彼のコレクションを代表する作品は、クリメント・レドコによる『蜂起』という絵画で、これはボルシェビキ革命の重要人物をイコンのスタイルで描写したものだ。皮肉なことに、コスタキスはイコン絵画の主要なコレクターでもあった。

 1970年代に、コスタキスはギリシャに移住した。彼は所有するコレクションの大部分を残すことを余儀なくされた(それはトレチャコフ美術館に譲渡された)が、わずかのコレクションを持ち出すことに成功した。ギリシャにとっては、その「わずか」であってもきわめて主要なものであったため、コスタキスから絵画のほとんどを買い取ったギリシャ政府は、テッサロニキの近代美術館を建てなければならなかったほどである。

 

イーゴリ・サヴィツキー(1915~1984)

 彼は芸術を所有していなかったので、厳格にはイーゴリ・サヴィツキーをコレクターとみなすことはできない。しかし、サヴィツキーは単独で美術館のコレクションを築き上げ、トレチャコフと並んでロシアの主要アートディーラーの一人となった。

 1960~70年代には、サヴィツキーはウズベキスタンのヌクス町にある美術館の館長を務めた。もともとそれは地元の歴史博物館であったが、サヴィツキーは自らのイニシアティブにより、何万点ものロシアの前衛的な美術品を収集した。彼のコレクションは、ロバート・フォーク、クリメント・レドコ、リュボーフィ・ポポーワや、その他多数のロシア・アヴァンギャルド派のメンバーによる作品を特徴としている。それらは美術史家の間ではきわめて人気だが、一般大衆にはあまり知られていないものだ。サヴィツキーにちなんで命名された美術館とはいえ、コレクションは今でもウズベキスタンの遠隔地に所在するヌクス町に保管されているため、その知名度はなかなか高まっていない。