写真提供:プロクディン=ゴルスキイ
『戦争と平和』、『アンナ・カレーニナ』などで知られるロシアの文豪レフ・トルストイの90巻全集がデジタル化され、ウェブサイトに掲載された。各巻別または作品別に、761通りのファイルで無料でダウンロードできる。現在読めるのはロシア語版のみだが、将来的には英語に翻訳される可能性もある。
クラウドソーシング・プロジェクト「トルストイ全著作をワンクリック」のボランティアは、トルストイの全90巻を1年半でデジタル化した。ウェブサイトでは、複数のフォーマットが用意されている。
このプロジェクトの主催者は、国立トルストイ博物館、トルストイ生家・博物館「ヤースナヤ・ポリャーナ」、ロシアのIT企業「アッビ(ABBYY)」。プロジェクトの発案・管理者は、トルストイの玄孫で、国立トルストイ博物館の職員およびテレビ司会者を務めるフョークラ・トルスタヤ氏。「このプロジェクトは、端末の画面上ですべてを読む現代の若者への対応」と説明した。
デジタル化された作品の中でも特に貴重なのは、トルストイの日記、手帳、手紙。これまで、この作品集以外では公開されていなかったものが多い。
自分の作品をあらゆる人に読んでもらいたいと願っていたトルストイの夢が、ようやくかなったことになる。トルストイは著作権を辞退しており、作品集も「無料複製が許される」との本人の言葉から始まる。
他の言語でも公開されるかは、今のところわからない。トルストイ自身が著作権を辞退していても、翻訳のコピーライトの辞退を誰も行っていないためだ。トルスタヤ氏によると、翻訳を実施し、少なくとも英語で同様の公開を行う用意が主催者側にはあるという。トルストイの全作品が翻訳された例は、いかなる言語においてもない。
全90巻の全集は、トルストイの生誕100年に出版が始まり、その後30年続いた(1928~1958年)。多くの人が全集を予約したものの、90巻受け取れるかは定かではなかった。現在この印刷版を完全に入手するのは極めて難しく、図書館でも一部しか見つけることができない。
デジタル化の作業
「アッビ」は光学式文字認識プログラムを通じて、スキャンした作品をデジタル化。その後ウェブサイトreadingtolstoy.ruに掲載し、作品を読みながら、不正確な認識を修正することをボランティアに提案した。
デジタル化されたページの校合と校閲には、ロシア国内252市町村と49ヶ国のボランティアが参加した。管理者から主婦まで、さまざまな職業や年齢の人が登録していた。第1段階はわずか2週間で完了。ボランティアは4万6820ページを読了した。その平均速度は1日8.5巻、または3344ページ。作品の内容は何度も確認された。第2段階と第3段階ではプロの編集者が選ばれた。プロジェクトの参加者の総数は3249人。
一部の人は記録にも挑戦。例えば、アレクサンドル・アクショノフさんは6081ページを読んだ。「多くのボランティアは、これまで読むことのできなかった日記や手紙を読みたがっていた」とアッビ・ロシアのユーリ・コリュキンCEOは話す。
ウェブサイトreadingtolstoy.ruでは現在、世界のトルストイ読者のインタラクティブ・マップを見ることができる。また、引用句をお気に入りに追加したり、特別なタグを使って引用句を見つけたり、交流サイト(SNS)でシェアしたりすることもできる。
長編小説のビッグデータ
ロシア国立研究大学「高等経済学院」の専門家はデジタル化の作業の際、検索エンジンを使ってトルストイの作品の言語学的構成を学ぶことができる点に気づいた。例えば、『戦争と平和』でもっとも長い文は229語から構成されており、それが第3巻第3部にあることがわかった。このようにして、『戦争と平和』の登場人物の衣装をまとめることもできる。例えばこの小説では、120着の婦人服について記載がある。「平和」な第2巻には、「戦争」の第4巻にたくさん登場する外套とブーツについての記載がほとんどない。また、予想通り、主人公の一人であるピエール・ベズウーホフが誰よりもたくさん食べており、意外にも、ヒロインのナターシャ・ロストワが誰よりもたくさん話をしている。ピエールは聞き役の一人である。
これは研究というよりも、娯楽である。しかしながら、将来的には研究のツールとなるであろう。「トルストイ辞書の編纂という大きな仕事にこれまで誰も着手してこなかったが、これからは可能になる。まだ多くを掘り下げ切れていない」と、レフ・トルストイの玄孫で、ロシア連邦大統領文化顧問であるウラジーミル・トルストイ氏は話す。
トルストイはネットワーク観念論者
トルストイは世界のあらゆることに関係性を感じていた。『戦争と平和』には、ピエールのこんな夢が描かれている。「その地球儀は、境界の一定していない、生きもののようにゆれ動く球体だった。表面はびっしりとくっつきあった無数の水滴からなっていた。そしてこれらすべての水滴が動き、まじりあい、いくつかの水滴がひとつにとけ合ったり、ひとつが多くの小さな水滴に分かれたりしていた」。これは現代のネットワーク社会の隠喩的描写と言うこともできる。
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