ズヴャギンツェフ監督に聞く

アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督=AFP/East News撮影

アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督=AFP/East News撮影

映画「父、帰る」などで知られるアンドレイ・ズヴャギンツェフ監督の新作映画「レビヤタン」は、今年のカンヌ映画祭で脚本賞、ロンドン映画祭で最優秀作品賞を受賞し、第87回アカデミー賞外国語映画賞部門のロシア代表作品に選定された。ズヴャギンツェフ監督に、この映画を製作したきっかけ、ロシア代表作品に選定された理由などについて聞いた。

-「レビヤタン」のもとになっているのは、アメリカ人のマービン・ヒーメイヤーと行政の対立の話ですね。なぜこの事件に関心を持ち、現代ロシアに置き換えようと思ったのですか。

 セメント工場はヒーメイヤーの修理工場の買収を決定したものの、ヒーメイヤーと合意できなかったため、そのまま柵で修理工場を囲んでしまいました。絶望したヒーメイヤーは改造ブルドーザーでセメント工場の建物を壊し、その場で自殺しました。2008年にこの話を聞いて、アメリカでそんなことが起こるのかとショックを受けました。不公正な行政に対する反乱、無法状態などが、法治国家と考えられ、誰もが裁判所の公正な判決を求めながら、自分の権利を主張できるアメリカで起こるということが判明しました。つまり、完璧というわけではないのですね。行政はどこも似ていて、程度の差こそあれど無法が存在するんだと考えるようになりました。平凡かつ単純な考えですが、これで奮い立ちました。

 最近、聖アウグスティヌスの著書「神の国」で、彼の自問「国と強盗団はどう違うのか」を読みました。どちらも人の社会であり、どちらも人の指導者によって統制され、どちらにおいても相互関係のシステムが調整されていて、異なる点は法の有無だけです。国家で法律が機能しなかったら、国は強盗団になります。法律が役人や役職に依存せず、法の前で皆が平等であれば、人は裁判所に守られているといつでも安心できます。これが理想的な国家の形です。この考えによって、トマス・ホッブズの「リヴァイアサン」は国家を理想化しながら、根本的に間違っていた、というイメージに確信を持ちました。紙上では理想的なモデルをつくることができますが、人間の誰にでも短所がありますから、あらゆる理想が簡単にくつがえされてしまいます。それはすでに社会の契約ではなく、悪魔との取り引きです。社会的な偽りの保護の代わりに、人が自分の自由を引き渡す約束です。

 

『レビヤタン』=写真提供:Kinopoisk.ru

 

-現在ロシアで人気の高い、西側の非精神性とロシアの精神性についての考察についてどう思いますか。

 ロシアで法律のメカニズムが申し分なく機能していたら、精神性について話すことはもっと簡単だったでしょう。精神性とは形而上学的概念であり、それにもとづいてあらゆることを考えだし、なんでも正当化できます。こうして我々はまた、法治国家の観念に戻っているのです。人が保護され、健康な肉体と精神を持っていれば、自分をまったく違うものと感じます。警察は自分を守ってくれないからと、表に出る度に防御しなければいけないのなら、精神の健康などありません。

 

-ロシアのアカデミー賞委員会は「レビヤタン」を選定しながら、戦術を変えたようです。これまではスケールが大きく、荘重な映画が選ばれていましたが、今回はこぢんまりとした社会派ドラマです。なぜだと思いますか。

 当事者という立場を忘れるのであれば、ノーメンクラトゥーラの敗北という画期的なことが起こったと言えます。お決まりのロシアの情実が突如として乱れたのです。これには理由が2つあります。まず、「レビヤタン」のプロデューサー、アレクサンドル・ロドニャンスキーの真剣かつ責任感のある取り組み。多くの委員に大きなスクリーンでこの映画を見てもらうために、できる限りのことをしました。次に、委員数の増加。あまり政治的でなく、ノーメンクラトゥーラに依存していない人が加わりました。委員会には独自の意見を言える自由人が増えました。

 

-商業的な成功や観客の殺到などにこだわらない、難しく、考えさせるアートシアター系の映画ばかり制作していますね。それでも幅広い観客の支持があります。ロシアと外国のどちらで、監督の映画がより受け入れられていると思いますか。

 アメリカには4万の映画スクリーンがあり、うち約400が難しい作家主義的作品に特化しています。ニューヨークの映画館「フィルム・フォーラム」では、ジャン・ルノワールの「大いなる幻影」と私の「エレーナの惑い」が同時上映されていましたが、このような組み合わせにとても誇りを感じました。ロシアには映画館が少なく、このような特化システムがありません。成熟した先見の明ある業界はほとんど存在していません。観客が真に個性的な作品に関心を持たないからといって、観客を責めてはいけません。「エレーナ」がテレビで放映された時は、とても高い視聴率を記録しました。大人が映画館に行かなくなり、観客が若年化しているため、娯楽映画に映画館のニーズがあるだけです。さまざまな年齢の人が「レビヤタン」を見に来ると信じています。