写真提供:ロシア7
初期の名前
名前をつけるという伝統がルーシで始まったのは、キリスト教以前の時代。習慣、外見、環境に関連するあらゆる言葉が名前になった。
ペルヴイ(第1)、フトラク(第2)、トレチャク(第3)などの生まれた順番、チェルニャワ(浅黒)、ベリャク(色白)、マリュタ(背が低い)などの外見、モルチャン(寡黙)、スメヤナ(笑い上戸)、イストマ(倦怠)などの性格や特徴が名前になったりしていた。
他には自然からブィク(オウシ)、シチュカ(カワカマス)、ドゥブ(オーク)、手工業からロシュカ(スプーン)、クズネツ(鍛冶屋)、シュバ(毛皮)など。年齢とともに、より適切な名前に変わることもあった。
悪魔や他の人から悪影響をおよぼされることのないようにと、ネクラス(見てくれの悪い)やズロバ(意地悪)など、事実や架空の欠点を名前にすることも多かった。このような名前をつけると、邪視や堕落から守られると信じられていた。
ルーシでキリスト教の名前がつけられるようになった後でも、偉大なる将軍アレクサンドル・ネフスキー、啓蒙家で詩人のシメオン・ポロツキー、モスクワ大公イヴァン1世などを含め、階級の高低にかかわらず、異なる社会で追加的な名前として通称が残った。ピョートル大帝(在位17世紀末~)によって禁止されるまで、通称は使われていた。だが15世紀からすでに、通称は姓に変わっていた。
2つの名前
14世紀から16世紀まで、新生児が誕生すると、その日の聖人にちなんだ直接名がつけられるようになった。公のキリスト教の名前とは異なり、直接名は親族の間でしか使われなかった。皇帝ヴァシリー3世の直接名はガヴリイル、その息子のイヴァン雷帝はチト。時に兄弟の2つの名前が同じになってしまうこともあった。イヴァン雷帝の息子2人の公の名前はドミトリー、直接名はウラムだった。
直接名の伝統の発祥はリューリク家。この時代の大公は異教の名前とキリスト教の名前を持っていた。ヤロスラフ・ゲオルギー(ムドルイ)やウラジーミル・ヴァシリー(モノマフ)など(前者が異教の名前で、後者がキリスト教の名前)。
リューリク朝の名前
リューリク朝の名前には2つのカテゴリーがあった。ヤロポルク、スヴャトスラフなどの2つの語幹からなるスラヴ名と、オリガ、グレブ、イーゴリなどのスカンジナビア名。これらは高位者の名前であったが、14世紀からは一般的に使われるようになった。祖父が死亡すると、新生児の孫にその名前をつけることができたが、生存中の兄弟が同じ名前を持つことは許されていなかった。
キリスト教の名前
ルーシではキリスト教の強化とともに、スラヴ名が過去のものとなっていき、ヤリロやラダといった異教に関連する名前など、禁止名一覧もつくられた。キリスト教名の普及により、リューリク家の人々の名前も徐々に変化。キリスト教の洗礼の際にウラジーミル1世にはヴァシリー、キエフ大公妃のオリガにはエレーナという名前が与えられた。
ロマノフ朝の名前
ロマノフ家の名前が変化したのはエカチェリーナ2世の時代。孫をニコライ(奇蹟者聖ニコライから)、コンスタンチン(亜使徒聖大帝コンスタンティンから)、アレクサンドル(聖アレクサンドル・ネフスキーから)と名付けた。ロマノフ家の子孫が増えると、ニキータ、オリガなどの昔の名前や、ロスチスラフといったスラヴ名もあらわれた。
ロマノフ家では先祖の名前がつけられ、また先祖の習慣に従っていた。そのため、ニコライ、アレクサンドル、ピョートルが多い。ただし、ピョートル3世(1728~1762)、その息子のパーヴェル1世(1754~1801)が殺害されてから、ロマノフ家ではピョートルとパーヴェルが禁止された。
君もイヴァン、僕もイヴァン
イヴァン(イワン)という名前は広く普及。ロシア帝国では農民の4人に1人がイヴァンだった。浮浪者は警察につかまると、自分のことをイヴァンと名乗っていたため、「親族を覚えていないイヴァン」という表現まで生まれた。
古代ヘブライ名のイヴァンはほとんど普及していなかったが、イヴァン1世以降、リューリク家では4人がイヴァンと名付けられた。そしてロマノフ家でも使われていたが、1764年にイヴァン6世が非業の死を遂げた後、禁止された。
父称
ルーシでは父称が出生名の一部として使われていた。これはその人と父とのつながりの証明であった。貴族も普通の人も、「ミハイル、ペトロフ・スィン」(ピョートルの息子のミハイル)と自分を名乗っていた。
語末が「イチ」の父称は特権であり、高位者だけが所有していた。スヴャトポルク・イジャスラヴィチなどのようにリューリク家でも使われていた。
19世紀からは、新しいインテリゲンツィヤが父称を使うようになった。1861年に農奴制が廃止されると、農民の父称の使用も許されるようになった。
現代ロシア人の生活に父称は欠かせない。これは相手に対する尊敬の念を込めた呼び方であり、同じ名前と姓と持った人を区別するためにも必要だ。
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