Shutterstock / Legion-Media 撮影
ヒグマはシベリアだけでなく、ロシアのシンボルだ。世界自然保護基金のレッドデータブックには登録されておらず、ユキヒョウなどのように絶滅危機にもない。だが、森から街に出てくることが増えている。”野良グマ”がいるというシベリアについての噂を証明するかのように。クラスノヤルスク市から7キロメートルに位置する国立自然公園「ストルブィ」に行き、そこの研究者とともに園内の獣道を歩き、ヒグマの行動や生活の変化などについて話した。
ベレチ集落からマン川に沿って進むと、国立自然公園「ストルブィ」のマン山林区に行くことができる。森林保護区「ベルルィ」、「マスリャンカ」、「カンダラク」では、林業従事者が生活しながら作業し、ストルブィの研究者が生態系や環境の状態を調査しに訪れ、動物や自然全体の状況を観察し、ヒグマに関する年次報告を作成している。
ストルブィは広大なアルタイ・サヤン山岳地帯の外れ、西シベリア低地と中央シベリア台地が接する場所に位置している。クラスノヤルスク地方でもっとも小さい自然公園で、面積は47ヘクタール強、エニセイ川右支流であるバザイハ川、大スリズネヴァヤ川、マン川を挟む領域だ。
ウラジーミル・コジェチキン氏は、公園の上級研究員、大型肉食動物生態専門家。1979年から公園に勤務し、めずらしく、また困難なアナグマ研究の論文の公開審査に合格し、またヒグマにも関心を持ち続けている。
今や野良グマは現実
シベリアではクマが街の通りを普通に歩いている、という有名な作り話は、もはや架空のできごとではなくなっている。ここ10年、街中、別荘、車道、自然公園の遊歩道に、よりひんぱんにあらわれるようになった。
ストルブィの観光区は数年前、”野良グマ”が出たことから閉鎖された。クラスノヤルスク地方だけでなく、トムスク州、ケメロボ州、オムスク州などの住人は、クマ出没のニュースに毎年驚いている。
クマが街に出没する理由を、コジェチキン氏はこう話す。「街はクマのエサ場に大きな影響を及ぼす。20~30年前はエサ場がとても豊かで、漿果があった。今は漿果はほとんどなく、堅果も少ない。クマのタンパク質が不足しているんだ」
1990年代は国民だけでなく、自然にとっても苦難の時期であった。街から出る産業廃棄物のせいで、漿果が激減。数十年間で土壌の成分は大きく変化し、環境は予測困難となり、それが松の実に大きく影響を及ぼした。動物は自然の急激な変化にすぐに順応することができなかった。
クマ以上にクマ
シベリアの、いやロシアのクマは、クマ以上にクマだ。政治工学者は国家の力の象徴として、マーケティング学者はご当地ブランドとして、ジャーナリストは夜のニュースの視聴率を上げるために、市民は外国人観光客向けのネタとして、利用している。だが動物学者にとって、ヒグマはロシア全土の森林地帯に生息する単なるヒグマ、大型の肉食哺乳類である。
人間とクマはその共存の長い歴史の中で、同じものを食べ、似たような逃げ場をつくり、しばしば互いの狩りを行ってきた。エヴェンキ族などのシベリアの先住民が、敬意を持ってクマに接し、「おじいちゃん」と呼び、ロシア人の農民が「主」と呼んでいたことは偶然ではない。クマの狩猟は生きるための自然な活動であり、それには難しい儀式や祭りがともなっていた。人間が森の生活をやめると、クマ狩りはよりステータスの高い活動となった。冬眠用の穴に一人で、または犬をともなって向かい、クマを狩るというのは、とても危険である。それでも20世紀、特に「主」の狩猟ライセンスが発行されるようになった1980年代半ばには、プロの狩猟家があまりクマ狩りをしなくなり、タイガでは個体数が増えて行った。現在はクマが群れをなして人の住む場所に出没し、ヤギ、ウマ、ウシ、ブタなどの畜産農家を悩ませ、別荘在住者や市民を驚かせている。
森を歩く時の対策
動物学者も経験豊富な狩猟家も、クマとの問題を避けるには、クマを探さないようにするのが一番良いという。タイガに行ったら、森の奥を熱心に見たりせずに、茂みがカサカサと動いていないか確認し、遠くでうなり声がしないか耳を澄ます。クマが近くにいて、まだ自分に気づいていなければ、静かに、走らずに、そっと逃げる。
「普通」のヒグマは危険な肉食動物だが、人間を探してはいない。むしろ人間を恐れ、人間の音を聞けば逃げようとする。クマとの遭遇が命取りになる場合もある。例えば、フワフワの可愛い子グマを見た時に、急いで写真をとろうとしたり、遊ぼうとしたりしてはいけない。母グマが数百メートル離れたところにいたとしても、子グマを守るために走ってくる。また、クマが自分のエサを隠した場所に興味を見せてもいけない。一番重要なのは、まわりを確認しながら、会話、騒音、笑い声、叫び声などで、自分が森の中にいるということを示すこと。漿果のある場所などでの、クマにとって予期しない人間との遭遇は、人間にとって致命的になるかもしれないからである。
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